断章138
《ジム・ロジャースとシンガポール》を考えるための素材。
1.
「『少子高齢化で衰退する日本なんて、早く脱出し、中国に見習うべきだ』。世界的に著名な投資家、ジム・ロジャーズ氏が、こうした『日本崩壊論』を主張して10年近くが経つ。
この間、当のご本人は、中国の覇権を見据え、中国語の重要性やお子さんの教育を考慮に入れながらも、不思議なことに中国ではなく、日本を追い抜くスピードで超少子高齢化に突入しているシンガポールに移住した。
数百年前、英国植民地官僚のトーマス・ラッフルズが建設した数百人の海賊が住む小さな島だったシンガポール。人口は約560万人で日本の淡路島や東京23区ほどの大きさ。1965年、マレーシアから分離独立。以降、建国の父、リー・クアンユー首相率いる一党独裁の長期政権下で、世界的にも最も裕福な国家の一つに成長した。
国際通貨基金(IMF)によると、2018年のシンガポールの1人当たりの国内総生産(購買力平価ベース)は、9万8014米ドル。日本の4万4426米ドルの2倍以上で、アジアでトップだ(注;1人当たりGDPは日本の2倍でも、シンガポールの国民平均給与は日本と変わらない)。一方、様々な規制、政治的統制、能力至上主義社会を反映し、米調査会社ギャラップの日常生活の『幸福度』調査では、シンガポールが148カ国中、最下位だったこともある。『国民の幸せ度』は、必ずしも経済発展と合致しないようだ。
シンガポール政府は6月の年次報告書で、2018年出生数が8年連続過去最低を更新したと発表。出生率も減少し『1.14』を記録した。一方、日本が今年6月に発表した2018年の出生率は『1.42』だった。高齢化でもシンガポールは日本を抜く。国連統計では、シンガポールは65歳以上の人口が2016年12%、2030年には24%に倍増。さらに、2050年には約47%に達し、国民の2人に1人が、65歳以上に達する超高齢化社会となり、日本より10年近く早いスピードで超高齢化に突き進んでいる。世界の金融先進国は、超少子高齢化の課題を突きつけられているわけだ。しかも、貧困、自殺、ホームレスといった社会問題にも襲われている。
アジアの華麗な最優等生というステレオタイプのイメージとはかけ離れたシンガポールの真の姿を追った。
『空港は10年前と比べ、格段便利になって、生活は快適よ』と微笑む初老のシンガポール人女性は、チャンギ国際空港の“住人”になって久しい。陳さん(仮名)は70代の女性で、チャンギ国際空港が“自宅”だ。彼女以外にも、老若男女のシンガポール人が空港で寝起きする生活を送っているという。空港のショッピングカートに、生活必需品の洋服や洗面用具などが入った大きな紙袋をぶら下げている身なりは、フライト待ちで雑魚寝する人がいる空港の『トラベラー』と全く変わらず、違和感はない。そんな彼女が、年間利用者約6600万人(2018年)で毎日何十万人という荷物を抱えた旅行者が行き交う巨大な空港で、まさか10年近くも生活してきたとは誰も想像しないだろう。
世界のハブ空港で知られるチャンギ空港は、それ自体が小さな都市である。24時間運営で広大な敷地には、エアコン完備の映画館、植物園、遊園地、シャワールーム、ショッピングモール、ホテル、トイレ、クリニックなどが完備されている。ここにいれば『家賃を払わず』に生活できる。ある意味、これほど便利な場所はほかにないかもしれない。陳さんが空港で暮らすようになったきっかけは、物価の高騰などで生活苦に陥ったため。現金収入を得るため、住んでいた2DKのアパートを他人に貸し、自分は家賃のない空港で暮らすことを決意したという。
食事は格安のフードコートですませ、必要なものは空港内のスーパーで購入。日中は、無料のワイファイで昔の中国語のドラマや映画を見て楽しみ、夜は空港内のシャワーを浴びて、就寝する。空港で生活することで、月に1100ドル(1Sドル=79.3円 、以下文中はシンガポールドル)の家賃収入を得ている。高齢で高血圧のため職はなかなか見つからない。チャンギ空港に1、2年住んだ後、生活資金が貯まれば、自宅に戻るつもりだった。ところが、空港生活の快適さを実感してみると戻る気はなくなった。『当分は空港で暮らすつもり。だけど、当局に保護されれば自宅に返される』と不安げに話す。
シンガポールは、先進国の中でも、政府が必要最低限の収入(貧困ライン)を設定していない希少な国の一つだ。2017年末に、世銀は『1日21.7米ドル』を高所得国の貧困ラインと定めたが、この評価尺度によると、シンガポールは「国民の約2割が貧困層」に相当し、その格差社会は深刻だ。シンガポール統計局によると、2017年の世帯1人当たりの平均月収は、上位10%が約1万3200ドルに対して、下位20%で約1100ドル、最下位の10%では約555ドルで、この格差は広がり続けている。
最上位20%と最下位20%の平均所得格差は、日本が約3.4倍に対して、シンガポールは約10倍以上だと指摘されている。80歳前後の後期高齢者が、世界の高級ブランドが並ぶオーチャードロードや地下鉄、屋台街で、少し背中を丸めながらティッシュ販売、段ボール集め、清掃などで小銭を稼ぐ姿は、珍しくなくなった。
日本人にも人気のチャイナタウンで、ポケットティッシュを売っている80代前後の下流老人(趙さん:仮名)に出会った。少し足を引きずりながら、1ドルのコインとポケットティッシュを交換してくれた。
『日中暑い中、大変ですね』と言うと、『体が動けなくなるまで、働くよ。生きていくためには、生涯働かないと。子供の世話にもなりたくないしね』と、しわだらけの日焼けした浅黒い顔から笑顔をのぞかせた。開襟の白いシャツの胸元には、NEA(シンガポール国家環境庁)が交付したバッジが光っていた。彼は政府認証のホッカー(露天商)ということらしく、毎日、観光客などにポケットテッィシュを売り、生活の糧にしているという。趙さんは、もともとニュートンサーカスの食堂街で清掃の仕事をしていた。当時は、月々1000ドルほどの稼ぎがあったが、肝臓を悪くして以来、激務には耐えられなくなった。今のポケットティッシュの収入は月に500ドルほど。世界のトップクラスの物価高のシンガポールでは苦しい生活が続く。
シンガポールでは、生活苦から80歳を超えても就労を余儀なくされているケースも多い。65歳から69歳の就労率は約40%と、日本の約32%を上回る。2006年には約25%だったことを考えると、その数は激増している。
実は、シンガポールは高齢者勤労“大国”でもある。
日本では珍しいが、シンガポールでは、マクドナルド国内約140店舗で就労する約9500人のうち約36%が、『50歳以上のスタッフ』だという。国内には70歳以上を超え働ける企業が全体の20%を超えるといわれる。『完全雇用』『生涯現役』と言えば聞こえはいいが、アジアの最富裕国でありながら、多くの高齢者が生きるために就労を余儀なくされている現実がここにある。コー保健省上級相は『高齢化の波はシルバー・ツナミではなく、高齢者は財産』と強調し、60歳を『New 40(新時代の40歳)』と呼ぶなど、政府は逼迫する財政の中で高齢者の就労を奨励することに躍起だ。
ジム・ロジャースなど世界の富豪を優遇策で招致する一方、シンガポールは社会保障が手薄で、医療費などの自己負担も増加し、老後資金不足に陥るケースが目立ってきた。シンガポールの貧富の格差はジニ係数にも表れている。
シンガポール財務省の調べでは、2007~2017年まででは、0.38から0.35と改善されてはいるもの、日本などに比べても貧富の格差が大きい。2000年代初頭までは0.46で、東南アジアではマレーシアと最悪を競っていた。当然、シンガポールの国民は、貧富の格差が先進国の中でトップレベルであることを認知している。
シンガポールにはCPF(中央積立基金)という年金を核にした社会保障制度があるものの歴史が浅く、シンガポール人の8割が暮らすHDB(公営集合住宅)の急激な住宅価格上昇に伴うローン返済にCPFを回し、定年資金が底を尽いてしまう人や、潤沢な積立金のないまま退職する高齢者が急増している。
40代で80代の母親の面倒を見る筆者の知人は『今、一番生活が困窮しているのは、CPFがない時代から働いていて、年金を受け取れない高齢者』とこぼす。シンガポールの発展に貢献したパイオニア世代(1949年以前生まれ)が、生活に困窮するとは、何とも皮肉な話だ。
・・・日本より超少子高齢化で先を行くシンガポールでは、『親孝行』が法律で義務化されている。親の扶養を怠った子供には『6か月以下の禁固、または5000ドルの罰金』を科している。要は、『親の面倒を国に頼るな!』ということだ。先の知人は『最近は、親の面倒を見る経済的余裕がない子供に棄てられる“下流親”も急増している』という。
こうした背景を受け、シンガポールでは昨年、高齢者の自殺者が過去最多になったことが明らかになった。慈善団体の『シンガポールのサマリア人(SOS)』が発表したもので、統計開始以来、最多となった。同団体は『一人暮らしの高齢者が増え続けているシンガポールでは、早急に支援システムを強化する必要がある』と高齢者の自殺急増に警笛を鳴らしている。
急速な高齢化への対応で、シンガポール政府は2017年8月、同国で初めての高齢者専用住宅と医療施設を完備した総合施設『カンポン・アドミラリティ』を完成させた。リー首相が、2018年8月9日の独立記念日の国民向けのビデオメッセージの舞台にあえてここを選んだ背景には、高齢化対策への国民の不満を和らげる意図もあった。
『国民は生活費の増加にいらだちを増大させている。医療、住宅、教育が主要な支出である以上、政府として、貧富を問わず全国民に高品質のサービスを提供する』『カンポン・アドミラリティは、未来の公団住宅のモデルだ。高齢化のニーズを満たし、住民と家族が集まるコミュニティ作りを進めていきたい』と期待を懸けた。
しかし、日本貿易振興機構(ジェトロ)によると、『同施設はシンガポールの高齢者政策の新たな試みではあるものの、急速な高齢化に対しデイケアや養護施設のインフラは不足している』ようである。
一方、こうした貧困や生活不安は、高齢者だけにとどまらない。2005年、リー首相の肝煎りで2.5億ドルの資金を基に、低所得者に就労や福祉施設を紹介する生活支援プログラムの「コムケア」が創設された。財政援助を受けたのは(世帯:月収1900ドル、単身:月収650ドル未満)、2012年に2万572世帯、2016年には2万8409世帯へと拡大した。5人に1人が35歳以下の若い世代である。
職のない若者が、マクドナルドやスターバックスでたむろする“マック難民”“スタバ難民”が話題になっているが、『大卒貧困層』と称される高学歴層の若年層の雇用の問題も浮上している。昨年、シンガポール国立大学の公共政策大学院の調査が明らかにしたのは、大卒で正社員ながら『月給2000ドル未満』の層が、調査したグループの約5%に相当したことだった。いずれも、独身で職務経験が10年から15年の若い世代で、中間年齢層が35歳で、このうち約64%が女性だったという。
年金や国民皆保険など社会保障の手厚い日本に対し、シンガポールでは強制自動天引き貯蓄のようなシステムで、自己責任で将来の蓄えを貯める仕組みの強制貯蓄『中央積立基金』を政府が管理している。持ち家取得、医療費、老後生活準備のため、雇用主と労働者が毎月、収入から一定額を強制的に積み立てるという制度である。日本の公的年金制度に似ているように思えるが、低所得者の蓄えは少なく、さらに超高齢化が進み、長生きすると目減りする一方で、日本の年金システムとは全く異なる。
昨年、シンガポールに移住して10数年、永住権も持っている知人夫婦が日本に帰国した。シンガポールでは最近、ステージ4の末期がんの治療に75万ドルを請求されたアラフォーの困窮女性のフェイスブック上での訴えが炎上。国民から多くの支援や激励とともに、シンガポールの医療制度の不備を非難する声が上がった。先の知人は言う。『シンガポールでは一般的に、病院は公立だと50%、私立だと70%負担しないといけない』『日本と比べ、歯科治療は高額。また、公立病院の歯科だと患者が多く、半年待たされるケースもある』『治療や入院費用などを補填する公的制度はあるけど、国民皆保険はなく、もし失業、病気や離婚で問題が発生すると、貧困のスパイラルに陥る危険性は、日本よりはるかに高いと思う』。
ジム・ロジャーズの『日本脱出論』。一握りの超富裕層には見えない死角がどうやらありそうだ。彼が10年間も言い続けている日本崩壊論だが、日本は崩壊せず、シンガポールだけでなく、ロジャースが勧める中国、韓国への移住は、昨今の情勢を見ていても到底真似できるものではなさそうである」(取材・文 末永 恵)。
2.
「シンガポールは国際的に報道・言論・表現の自由度で極めて低くランキングされているが、10月、自由度をさらに引き下げる新たな規制法を施行した。
政府が虚偽と判断した記事や情報の削除や訂正を命じ、最大10年の禁錮刑を科すことが可能な『フェイクニュース・情報操作対策法』の適用を始めたのだ。早速11月に、野党政治家のフェイスブックへの投稿が虚偽だとして、フェイクニュース対策法に基づく訂正命令を出した。10月には、人気ユーチューバーで東京や大阪にも店を構える香港の飲食店主のアレックス・ヤン氏が、シンガポールで香港デモをテーマとした政治集会を無届で開催したとして、国外退去処分になっている。仮に、彼が届けを出していたとしても、実際には許可されず、国外退去処分となっていただろう。シンガポールでは、抗議活動に関する規制に違反すれば、最長6カ月間の禁錮刑に科される可能性もあるのだ。
ちなみに、多くの企業が混在する金融先進国のシンガポールでは、政府公認の組合が唯一スト権を保有し、いわゆる労働組合は事実上存在せず、活動していない。
さらに、大学入学希望者は『危険思想家でない』という証明書の交付をシンガポール政府から発行してもらう必要がある。反政府や反社会的な学生運動などは存在しないのが実情だ。
国際的に有力な大学が地元大学と共同事業を展開するなど、教育分野でも魅力があるとされるシンガポールだが、こと言論に関しては自由とはほど遠い。
筆者の取材によると、今年9月、米エール大とシンガポール国立大学(NUS)の共同設置の『エールNUSカレッジ』で、反政府活動を扱うカリュキュラムコース『シンガポールでの反対意見と抵抗』の開講の中止が決まった。このカリキュラムは、シンガポールの唯一与党、人民行動党(PAP)を非難する政治的作品で知られる劇作家、アルフィアン・サアット氏が担当することになっていた。欧米政府の後押しで香港の民主化運動の象徴でもある黄之鋒氏に関するドキュメンタリー映画なども内容に含まれていたという。これに対しオン・イェクン教育相は、『学問の自由が政治的な目的で乱用されるべきではない』として、政府非難のカリキュラムコース開講を中止させた決定を評価した。
クリーンで開かれたイメージのあるシンガポールだが、報道メディアや反政府活動の自由さや民主主義の度合いにおいて、現在の香港に比べてもえげつなく劣悪な状態にあると言ってもいいだろう。
選挙で野党候補者が当選した選挙区には、政府による“懲罰”が科され、公共投資や徴税面で冷遇されることでも知られている。形の上では公正な選挙で選ばれたように見えて、その実、選挙区割をはじめ選挙システムなど与党による独裁が守られる『仕かけ』が施されているのだ。また、政府批判勢力には、国内治安法により逮捕令状なしに逮捕が可能で、当局は無期限に拘留することも許される。そして、新聞、テレビなどの主要メディアは政府系持株会社の支配下にあり、独裁国家のプロパガンダを国民に刷り込むことに一役買っている。
来年に見込まれる総選挙で政権打倒を目指す野党『ピープル・ヴォイス(人民の声)』の党首で人気ユーチューバーの弁護士、リム・ティーン氏は、『国民の知る権利を剥奪する御用メディアは深刻な問題だ』と現政権を非難する。
このようにシンガポールでは一党独裁制を崩さない仕組みがきっちり組まれているのだが、一向に収拾に向かわない香港の民主化運動に危機感を抱き、さらなる対策に打って出ようとしている。筆者の取材にシンガポール政府安全危機管理関係者は、『香港の民主化に感化され国内に混乱が発生した場合の“危機管理スキーム”を作成し、暴動クライシスへの対策を取りまとめた』という。来年見込まれる総選挙を控え、シンガポールの“香港化”を防ぐ準備を行っていることを明らかにした。
これまでシンガポール政府は、困難に直面する香港への配慮から、民主化運動への公の言及を避けてきた。しかし、総選挙を延期決定した10月以降、シンガポールの香港化への危惧を公に露わにするようになってきた。リー・シェンロン首相は、10月中旬に開催された一連の会議で『(我々が注意警戒していなければ)香港で起っていることが、シンガポールでも起こり得るだろう』と初めて公式に憂慮を示した。そのうえで、『香港の民主化勢力は妥協を拒み、自由や民主主義を主張するが、真の狙いは香港政府打倒だ!』と声を荒げて民主化勢力を非難。『香港とシンガポールの状況は違うが、シンガポールで社会的混乱が起きれば、シンガポールの国際的信用は破壊され、シンガポールは壊滅し“終わる”だろう』と危機意識を露わにした。
なぜシンガポール政府が静観から一転して強い懸念を示すようになったのか――。
一つには、あえて国民の危機感をあおり、香港のような民主化運動が起こるのを未然に防ぐ狙いがあったと言える。そしてもう一つの大事な点が、国民の自由を剥奪してきた政策が至る所で綻びを見せ始めているという現実だ。
国営メディアは決して伝えないものの、経済発展を果たしたいま、自由を求めて国民の不満が高まり、じりじりマグマ化してきている実態が明らかになってきた。以前、『金持ちなのに 老化と貧困に悩むシンガポール』で書いたように、シンガポールは日本を上回る超少子高齢化や格差社会の課題を突きつけられている。一方で、ホームレスの増加、若者や高齢者の貧困や自殺、インドや中国からの移民急増による国民の雇用不安や失業、CPFという年金を核にした社会保障制度の不備が社会不安をあおっている。
11月、そんなシンガポールで興味深い全国調査の結果が公表された。『シンガポール初の全国規模のホームレス調査』(シンガポール国立大学リー・クアンユー公共政策大学院)だ。
人口約570万人のうちホームレスの数が約1000人だったことが明らかになった。シンガポールにもホームレスがいるのは国民も知ってはいたが、その数がここまで多いとは誰も思わなかったのだろう。衝撃的なニュースとして伝わった。
ホームレスの大多数が、路上生活を余儀なくされているという。内訳は、全体の80%が男性で、6年以上ホームレス状態の人が約30%、1年から5年の人が半数にも及んだ。彼らの多くが、人口の約20%にも達している貧困層で、守衛や清掃員、宅配サービスなどの低賃金の仕事で生計を立てている。(中略)
シンガポール建国の父、リー・クアンユー元首相の長男、シェンロン氏は現首相。次男のリー・シェンヤン氏は、かつてはシンガポール最大の通信企業シングテルの最高経営責任者。さらには大手銀行のDBS銀行やシンガポール航空を傘下に収めるテマセク・ホールディングス最高経営責任者は、現首相シェンロン氏の妻、ホー・チン氏だ。
シンガポールは一党独裁でありながら経済成長を果たした背景から、『明るい北朝鮮』とも呼ばれる。リー・ファミリーが政治権力だけでなく、富も独占的に保有してきたからだ。 香港の民主化運動は、シンガポールのこうした政治体制をも揺るがしかねないパワーを秘めている。政府が必死に飛び火を食い止めようとするのも分かる。しかし、国民の間にマグマのようにたまった不満を強硬な政策で抑え続けることは難しくなりつつある。
2015年3月に建国の父、リー・クアンユー氏が亡くなった時、旧知の間柄だった台湾の李登輝元総統はこう言い放った。『我々、台湾は自由と民主主義を優先させたが、シンガポールは経済発展を優先させた』。
この時すでに李登輝氏はシンガポールの現在の悩みを予知していたのかもしれない。 そして、それは改革開放以来、鄧小平の理想理念のもと、シンガポールを“先生”に選んだ中国の行く末でもある。香港の民主化運動が本格的にシンガポールに飛び火するかどうかは、中国の一党独裁を永続させることができるのかという問いでもある」(2019/12/10 末永 恵)。
【補】
「シンガポール保健省は4月23日、新たに1037人のコロナ感染を確認したと発表した。1日の新規感染者は4日連続で1000人を超え、国内の累計の感染者数は1万1000人を突破した。
そもそもシンガポールは早くから感染者が確認され、他の東南アジア諸国と比べても、迅速な対応を講じてきた。外国人の入国制限や入国後の隔離措置も迅速かつ厳格に実施し、感染が判明すれば、スマートフォンの位置情報を使って感染経路や濃厚接触者を割り出し、検査や厳しい隔離措置をおこなって、感染拡大の防止を図ってきた。その結果、3月下旬には、1日の新規感染者数は数十人に抑えられていた。しかし、状況が変わったのは、4月に入ってからだ。インドやバングラデシュなどの建設作業員が暮らす相部屋の宿泊施設で、相次いで集団感染が発生した。一気に感染者数が急増している。
シンガポール人材開発省によると、給与水準が高いシンガポールでは、およそ140万人の外国人労働者が暮らす。このうち低賃金の肉体労働と言われる建設業界では、およそ30万人が働いている。主にインドやバングラデシュなどの南アジア出身者が多い。国際人権団体アムネスティ・インターナショナルによると、こうした外国人の建設作業員は、2段ベッドが並ぶ相部屋で、不衛生なトイレや洗面台を共有する宿泊施設で寝泊まりしているという」(2020/04/24 FNN)。