断章139

 「最善を望みつつ、最悪に備えよ」

 ディズレーリ(大英帝国ヴィクトリア女王に最も寵愛された首相)の言葉である。

―― ベストの結果を出せるようにヴィジョンを持ち、そのために全力で努力する。但し、常に最悪のケースを考えてそれに素早く対処できるように備えること。危機を煽(あお)っているわけではない(念のため)。

 

 自宅待機中に「これからの生活の足しなるかもしれない」と思いついたり、今春、定年を迎えて退職金が出たので、「資産運用」を始めてみようと思った、あなた。

 「長期、分散投資で資産形成」という、政府・金融機関の掛け声に踊らされてはいけません。

 

 というのは、金融機関の窓口で、1929年大恐慌以後のアメリ株価指数のグラフで「長期投資」の有利さを説明されても、あなたがそれほど長く生きられる保証はない。あなたが解約するときに儲かっている保証もないからである。

 「分散投資」についても、例えば、「日興アセットの『3倍3分法ファンド』は昨年、売れに売れた。昨年年間の資金流入額は1年決算型と隔月分配型の2コース合計で5276億円と、日本の公募投信の中で実質的にトップだった。ヒットの最大の要因は『増やすための分散』という商品設計のコンセプトが、低金利下で運用先に悩む個人投資家に受け入れられたからだ。(中略)

 そんな順風満帆な運用環境が一気に暗転したのが、コロナの感染拡大で米国株が崩れた2月下旬だった。『3倍3分法ファンド』(1年決算型)の基準価格の最高値は、2月21日の1万3604円。そこから3月19日には8559円まで一気に下落した。ドローダウン(最高値からの最大下落率)は37.1%となり、約1カ月間で運用残高の3分の1以上を失った計算」(日本経済新聞)のようなことが起きる。

 

 金融の世界は、言うなれば、これまでの「異次元緩和」の世界から「異次元カオス」の世界へと移った。

 「イギリスの大手運用会社のキャプラ・インベストメント・マネジメントは、グローバル債券市場では誰もがその名前を知る巨大なヘッジファンドだ。2005年にロンドンで設立。それから15年間で運用総額は208億ドル(約2.2兆円)と世界最大級の金利ヘッジファンドに成長した。

 そのキャプラが運用するファンド群の中に『テール・リスク・マスター・ファンド』という商品がある。テール・リスクとは、確率分布をしめす釣り鐘状のグラフの両端の広がりである『すそ(テール)』から来た言葉。確率計算上はめったに起こらないはずの事象が金融市場では頻発する。こうした『厚いすそ(ファット・テール)』に備えるブラックスワン・ファンドだ。コロナショックで2~3月にプラス30%を超えるホームランを放った。

 キャプラはこの後の市場をどうみているのか。

 先進国でほぼ唯一、1%以上の金利を維持していた米国の政策金利もゼロになり、世界の債券市場が投資先として意味をなさなくなったから、『世界の投資家のお金の振り向け先は株とクレジット(信用)しか残っていない』。そうなればより狭い範囲の市場に大量のお金が激しく出入りするようになる。市場の変動率は今後、構造的に上がらざるをえないというのが、ボラティリティーを知り尽くしたキャプラの読みだ。

 キャプラが予想するように、世界の金融市場の構造がコロナによって大きく変わってしまったのも事実だ。いつ訪れるのか分からなかったブラックスワンがいつもそばに控えているのが、これからの市場の『ニューノーマル(新常態)』なのかもしれない」(「日本経済新聞」を要約・再構成)。

 

 「これまでFRB金利を引き下げ、『市場を支える』政策をおこなってきた。しかし、これらの行動は意図しない結果をもたらし、金融市場で『ブームと破裂』が繰り返し起こる現象につながった。これまでの10年で積みあがった過剰流動性が作り上げたモンスターバブルが、この程度の小さな修正でリセットされることはないだろう」(2020/4/2 石原 順)。

 

【参考】

 中国で新型コロナウイルスによる最初の犠牲者が出てから約3カ月が経過した。この間、世界中で感染が爆発的に広がり、経済は凍結し、日米欧は社会維持のため巨額の財政政策に踏み込む。先の見えない闘いは資本主義の枠組みをも変えようとしている。投資家はいま、経済史のどこにいて、どこに向かうのだろうか――。

 世界大恐慌期の1930年代。米国では名目国内総生産GDP)が33年には572億ドルと29年比で45%も減少した。・・・GDPが29年の水準を回復したのは12年後の41年だった。

 米モルガン・スタンレーはコロナショックで2020年の米実質GDPは前年比5.5%減に落ち込むと予想する。そうなれば1946年以来、実に74年ぶりの減少率を記録することになる。(中略)

 時価総額GDPを大きく上回れば割高、過小であれば割安と考えるバフェット指数によれば、2019年の日本は3.1倍で割高圏だった。

 日本のGDPが5%減り、倍率が過去の中央値(2.4倍)まで下がるとすれば、TOPIXの理論値は1263となる。3月16日に付けた約3年8カ月ぶりの安値(1236.34)はこの水準に近い。仮にGDPが5%減のまま倍率が下限の1.5倍まで低下すれば、下値余地は2012年12月の水準である790まで広がる可能性がある。

 こうした経済の激変に伴う痛みを和らげるため、米国は200兆円、日本は100兆円規模という前代未聞の景気下支え策に乗り出す。政府の資金繰りのため米連邦準備理事会(FRB)や日銀は国債を買い、手を貸す。日米は戦前の金本位制のようなくびきである財政均衡主義を棚上げにする。

 ここでのポイントは2つある。

 第1は、そうして中央銀行が買い入れた国債金利はゼロなので現金と区別がつかないという点だ。政府と中銀を一体とみる統合政府にとっては、国債も現金も同じ負債であることに変わりはないが、現金には返済期限がない。政府が打ち出の小づちを振って紙幣をばらまくように公的債務の際限なき膨張に道が開かれたとみることは可能だ。中銀マネーによる恒久的な財政補填、いわゆるヘリコプターマネーだ。

 第2はコロナ禍が長引けば、追加の財政政策を要求する声が高まるだろうという点だ。(中略)

 米国では経済対策の発表後、人々のインフレ期待が急回復し、通貨の信用力と逆連動すると考えられる金の先物価格が最高値をうかがっている。第1次大戦後のドイツ経済の混乱を描いた『ハイパーインフレの悪夢』(アダム・ファーガソン著)によれば、インフレの初期には通貨や公債の下落とともに株式投機が活発化したという。コロナによって潰されたバブルがコロナによってよみがえる可能性も排除できない。だが、その場合、低インフレとカネ余りによる過去10年の相場とは異質なはずで、楽観視することはできない」(2020/04/13 日本経済新聞永井洋一)。