断章554

 プーチンの私兵とみなされていたロシア民間軍事会社ワグネル(プリゴジン)は、飼い主の手を噛んだ。

 結果は、今のところ、大山鳴動するも噴火せずプッスンと一発、に終わったようである。

 「ロシアの民間軍事会社ワグネルの創設者エフゲニー・プリゴジン氏は24日、流血の事態を避けるためモスクワに向け進軍していたワグネル部隊に引き揚げを命じた。ワグネル部隊は南部のロストフナドヌーに進軍、市内のロシア軍拠点を占拠したとし、これに対しプーチン大統領は『武装蜂起』は鎮圧するとしていた。

 ベラルーシのルカシェンコ大統領がプーチン大統領の了承の下でプリゴジン氏と協議し、事態の鎮静化で合意した。同氏がベラルーシに移動することも決まったという。

 プリゴジン氏は広報を通じ、『ワグネル部隊の解体が求められたので、23日に正義を求めて進軍した。24時間でモスクワから200キロ圏内まで到達したが、流血の事態はなかった』とした上で、『流血の事態になろうとしている。この責任を理解し部隊を野営地に戻す』と述べた。ロシア大統領府のペスコフ報道官は、武装蜂起を呼びかけたプリゴジン氏に対する犯罪容疑を取り下げると明らかにした。同氏とワグネル戦闘員の安全を保証する以外に何らかの譲歩をしたかについては言及を避けた」(2023/06/25 ロイター通信)。

 

 “プリゴジンの乱”を理解するカギは、バフムトの激戦にありそうである。

 「『日本の一部メディアは、バフムトが“抗戦の象徴的存在”であるため、ウクライナは引くに引けないとも報じましたが、それはバフムトの戦略的価値を過小評価した分析です。バフムトはキーフとクリミア半島を結ぶ交通の要衝であり、ウクライナ軍にとってもロシア軍にとっても絶対に確保したい重要地点です。だからこそ血で血を洗う激戦が繰り広げられているのです』(同・記者)。

 ロシア軍がウクライナ東部のバフムトへの攻勢を強めたのは2022年の5月頃。攻撃の主体は民間軍事会社(PMC)のワグネルだった。・・・『ワグネルは刑務所での“リクルート”を許可され、囚人を兵士にするという奇策に打って出ました。バフムトの戦いで無謀な前進を命じられた囚人兵は、それに従ったためウクライナ軍の砲撃で多数が戦死。ワグネルはその犠牲を利用して敵の砲兵部隊の位置を割り出し、反撃の砲撃を行うという非人道的な作戦を実行したのです』(同・記者)。

 たとえば、要衝バフムト近郊ソレダル周辺の工場への攻撃に参加した人物は、CNNの取材に対して、攻撃参加者約130人のうち生還したのは約40人だったという。

 恐るべき戦死率であり、これにはワグネルも悲鳴を上げた。時事通信は3月6日、『ワグネル、武器を要求=〈前線崩壊〉警告、不協和音 ―― ウクライナ』の記事を配信した。『ワグネルのプリゴジン氏がロシア軍に対して、武器が不足していると強い不満を表明したのです。《ワグネルが今、バフムトから退却したら全ての前線が崩壊する》という脅しのような言葉もありました。プーチン大統領に対する“点数稼ぎ”を露骨に行うワグネルを、ロシア正規軍の幹部は苦々しく思っていました。ワグネルとロシア軍の不協和音は、バフムトの激戦で表面化したのです』(同・記者)」(2023/03/29 デイリー新潮編集部記事を再構成)。

 

 ワグネルと同じくロシアの正規軍も動員兵を消耗品として扱い、多大な犠牲を出しながら攻撃を続行する“出血作戦”を進めた。

 たとえば、「ロシア軍指揮部はウクライナ戦線に投じた兵士たちが後退できないように旧ソ連式“督戦隊”を運用しているという暴露が出てきた。味方を即決処刑までして後退を防ぐ督戦隊は前近代時期の戦争に主に使われ、ナチス・ドイツ旧ソ連などは第2次大戦にもこのような部隊を運営して悪名を轟かせていたことがある。27日(現地時間)、英日刊紙ガーディアンなどによると、24日付け、ロシアのテレグラムチャネルにはロシア軍強襲部隊の生存者だと主張する軍服姿の男性20人余りが登場する映像がシェアされた。ロシアのプーチン大統領に送るメッセージというこの映像に登場する兵士アレクサンドル・ゴリン氏は『我々は14日間、迫撃砲と野砲砲火を浴びながら座っていた。(全体161人中)指揮官を含めて22人が死んで34人が負傷した』と話した。

 これについてこの部隊は後退を決心したが上部はこれを許可しなかったという。ゴリン氏は『彼らは我々の後方に督戦隊を配置して位置から離脱できないようにした』とし、『彼らは我々を一人ずつあるいは部隊ごと処分すると脅した。彼らは犯罪的な指揮怠慢の証人として我々を処刑したいと思っていた』と主張した。強襲部隊の生存者はまた、指揮官にお金を上納しなければ最前線に送られたと吐露した」(2023/03/29 韓国紙・中央日報)。

 

 正規軍と民間軍事会社の不協和音、いたずらに死傷者を増やすだけの稚拙な作戦が重なれば、憤懣・不満は膨れ上がる。ガス抜きが必要だった。プッスンとガスが出た。

 今後さしあたり、プリゴジンとワグネル戦闘員の安全が保証されたとしても、ワグネル戦闘員には、なお憤懣・不満が残るだろう。では、ロシア正規軍は、どうだろうか?