断章88

 「祗園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす。おごれる人も久しからず、唯春の夜の夢のごとし。たけき者も遂にはほろびぬ、偏に風の前の塵に同じ。」(『平家物語』)

 

 「ソフトバンクグループ(SBG)が10月6日発表した2019年7~9月期の連結決算(国際会計基準)は、最終損益は7001億円の赤字(前年同期が5264億円の黒字)に転落した。配車サービスの米ウーバーテクノロジーズなど出資先企業で株安が進行。シェアオフィス『ウィーワーク』を運営する、出資先の米ウィーカンパニーでも企業価値が低下傾向にあり、主力のファンド事業で多額の損失が発生した。同損失額は9702億円と前年同期(3924億円の黒字)から大幅に悪化した。」

 「ソフトバンクグループ(SBG)の『ビジョンファンド』による巨額投資のひずみが目立ってきた。米シェアオフィス『ウィーワーク』の運営会社ウィーカンパニーへの投資では本体で5千億円、ファンドで4千億円規模の損失を計上。ファンド投資先で上場した7社のうち5社の株価は初値を下回る。市場シェアや規模拡大を優先する経営が曲がり角を迎えた企業も多く、市場では『第2のウィー』への警戒も強い。

『今回は例外だ』。孫正義会長兼社長は6日の記者会見で、ウィーの支援に関してこう述べた。同社への投資は、孫氏が創業者ニューマン氏の手腕を見込んで即断したとされる。だが、結果は裏目に出た。想定外の追加投資を余儀なくされ、ウィーの経営については当面、規模拡大を止めて採算重視に転換する。2017年に立ち上げた10兆円の『ビジョンファンド』は当初、投資期間を5年間としていた。実際は約2年で88社に出資し、投資枠を使い切った」(2019/11/06・日本経済新聞)というのだ。

 

 この先どうなるかは、誰にも分からない。とくに株価は。

 酷い決算でも、この決算において意図的な“膿み出し”をしたので(税金問題のからみもあって)、「悪材料出尽くし、来期は良くなるだろう」と言って暴騰するのが博打場だから。

 だが、例えばバークシャー・ハサウェイと比べてみれば、孫 正義の投資スタイルが、極めてリスキーなものであることは間違いない。

 

 「アメリカで『オマハの賢人』と呼ばれているウォーレン・E・バフェットが率いる世界最大の米保険・投資会社バークシャー・ハサウェイの2019年7-9月(第3四半期)は、多くの意味で新たなピークを迎えた。まず、営業利益が過去最高を更新した。バフェット氏が過去最大の買収で傘下とした鉄道会社BNSFの業績が過去最高となり、バークシャーの利益を押し上げた。また、株式投資利益も寄与してバークシャーの純利益は520億ドル(約5兆6300億円)に達し、同社は世界で最も利益を上げている上場企業となった。さらに、手元現金は1280億ドルとこれも過去最高」(2019/11/03・ブルームバーグ)だった。純利益5兆円!

 

 現在の情勢下で、「ボロボロ。真っ赤っかの大赤字、大嵐」(孫 正義)と言っているようなら、もしブラックスワンが降り立って世界が闇に閉ざされたら、SBGはいったいどうなるのだろうか?

 

【参考】

 「ウォーレン・バフェットの運用者としての凄味は、彼が『暴落した時に買える唯一の投資家である』ということである。2000年のドットコムバブルの時、誰もが『バフェットは時代遅れの終わった投資家だ』と叩いていたが、ドットコムバブルに踊った投機家たちはこの世界から去って行った。近視眼的(マイオピック)な投資家は、遅かれ早かれ、市場から消えていくものなのだ。金融危機から10年、ボルカールールの撤廃や骨抜きによって、いまのウォール街金融危機リーマンショック)前の状況に戻っている。また、昔と同じことを繰り返している」(石原 順)

 

【補】

 「米著名投資家ウォーレン・バフェット氏は1日、自ら率いる投資会社バークシャー・ハザウェイ保有株式のうち、時価総額で36億ドル(3900億円)相当を5つの慈善活動財団に寄付すると発表した。バフェット氏は保有する自社株のすべてを慈善活動に寄付することを表明。今回の寄付を含めて、これまで340億ドル相当の自社株を5財団に寄付した。

 寄付先は、ビル&メリンダ・ゲイツ財団、バフェット氏の子弟がそれぞれ運営するスーザン・トンプソン・バフェット財団、シャーウッド財団、ハワード・G・バフェット財団、ノボ財団の5つ。これらの財団は貧困の撲滅や貧困地域の人々の医療サービスの向上、公立学校教育の充実などの活動をしている。」(2019/7/2・日本経済新聞

断章87

 井沢 元彦は、呉 善花(オ・ソンファ)との対談本『困った隣人 韓国の急所』(2013年 祥伝社刊)の「まえがき」で、「本当に韓国の、そもそも朱子学によってもたらされた、硬直した国家観・歴史観はどうしようもない。本文を読んでいただければわかることだが、一言でいえば韓国は『歴史を捏造(ネツゾウ)し国民を洗脳している』のである。にもかかわらずその捏造に異議を唱える人間を非難し、『正しい歴史を学べ』とすら叫ぶ」と書いた。

 

 韓国の「反日」教育は、長期かつ強固なものである。

 

 学齢期前には、『反日種族主義』の共著者のひとりが、韓国外国特派員協会での講演の質疑応答で話したように、「韓国人はまだ中世的な善と悪の観念で、日本との関係を認識して評価している。

  私の孫娘が幼稚園に行ってきたある日私に話した。『おじいさん、日本は私たちの敵だよ』と。今、韓国の小学校で全教組(※韓国の教職員の組合)の教師を通じて日本に対してどんな教育がなされているのか、皆さんには現場をチェックしてみることを望む」ようなことになっている。

 

 学齢期には、前記対談者の呉 善花が、「私の世代は最も強固な反日教育を受けた世代です。反日教育ではどんなことを教えるかといいますと、日本は歴史的に韓国に対していかに悪いことをしてきたか、その悪いことをした根本にあるのは日本人の『侵略的で野蛮な民族的資質』なのだ、しかし大部分の日本人はそのことを十分自覚していない、反省も謝罪もしていない、それどころか悪くなかったと否定する日本人がたくさんいる、という具合です。

 はっきり言ってこれは、知識教育ではなくイデオロギー的な情緒教育なんですね。小学校に入ったときから一貫してこうした教育が行われますが、幼い時期はより多感なものですから、『ひどすぎる』『絶対に許せない』という思いで心がいっぱいになります。

 もちろんそれは他人事ではないからです。同じ血を分けた韓国人であり、お父さん、お母さん、お祖父さん、お祖母さんたちのことなのですから、自分がやられたのと同じ気持ちになります。わが身を切り裂かれるような辛くて苦しい気持ちになり、激しい怒りがこみあげてきます。そうか、日本人はそんなに『侵略的で野蛮な民族的資質』をもっている者たちかと軽蔑していくんです」と回顧している。

 

 思春期には、『2019/10/23 WOW! Korea』でも報じられたように、「(韓国高等学校)学生らは政治に偏った教師たちが校内行事の時、学生たちに『日本の経済侵略、反対する、反対する』『安倍の自民党、亡びる、亡びる」などを叫ぶように強要していたと話した。

 学生たちはこれに関して『学校で行われている価値観と良心の自由を抑圧する教職員の行動は学生の人権を踏みつぶす暴挙』として学生人権に対しても問題を提起している」(大学への内申書の提出が終わったので、やっと提起できた)有り様なのである。

 

【補】

 日本の「親韓派」リベラルにとっての憧れである“躍動する民主主義”の国、韓国では、「言論・表現の自由」を圧殺する策動が進行中である。

 

 「韓国与党の『共に民主党』のシンクタンクである“民主研究院”が25日、『日本帝国(日帝)の植民統治擁護行為』特別法を制定して、当時の植民統治を擁護する行為を処罰する必要があると主張した。

 パク・ヒョク民主研究院の研究委員はこの日“竹島(韓国名:独島)の日”を迎え、発表した政策の会見で『極めて度の超えた“日帝植民統治の擁護行為”を取り締まる特別法が急がれる』と明かした。

 また『多くの研究成果、調査報告書、法律、判例、証言などで整理された日帝の侵略と戦争犯罪の歴史的事実を歪曲したり擁護する行為は、純粋な学術活動や学問行為ではなく、政治勢力化を目的とした政治的な扇動行為だ』と説明した。

 彼は付け加えて『韓国国内の親日勢力は自律的活動ではなく、日本の極右勢力と内通して韓国の正統性と民族の精神を傷つけ、戦争犯罪被害者の人権を蹂躙する反国家・反人道行為を自ら行っている』とも語った。」(2019/10/25 Wow! Korea)のである。

 

 これは、《反国家》《人道の敵》をふりかざして、「言論・表現・学問研究の自由」を抹殺する完全な「左翼全体主義」である。自分たちが許容できない言論・表現・出版物を法律で処罰するというのだ。これは、かつての共産党の《反革命》《人民の敵》論と同じものである。

 目先のターゲットは、彼らに不都合な論証や実証分析のある“外国の韓国歴史研究書”や韓国内の著作(例えば『反日種族主義』)である。まともに論駁・反論ができないので、“法律で処罰”しよう、さらには“国禁の書”にするというのだ。

 やがては、韓国内のすべての「反対派」を“法律による処罰”で脅して委縮させ、韓国の「言論・表現の自由」を圧殺しようと目論んでいるのだ。

 「北朝鮮」の戦争犯罪・人権蹂躙や、李承晩政権の人民虐殺・人権蹂躙には目をつぶり、彼らが(主観的に)「日帝植民統治の擁護行為」とみなしたものを「特別法」で圧殺(処罰)しようとする策動は、韓国の「左翼全体主義者」の危険な策動である。

 

【参考】

 呉 善花(オ・ソンファ)は、自分の置かれた立場を明らかにしている。

 「私が韓国で売国奴と非難されているのは、単に韓国の悪口を言っているからではないんです。韓国の悪口をこともあろうに日本で言っているからなんです。

 とんでもない女だということで、韓国のマスコミが私のところへ何度も取材に来ましたが、悪口そのものは彼らもその通りだと認めていて、あなたの言うことはもっともだと言います。それで彼らは、なぜ日本人にわが国の恥を暴露するのか、それが許せないと言うんです。(中略)

 韓国大使館の職員が私を訪ねて来たことがありました。後で調べてみると、この人は身分を隠した安企部(引用者注:情報機関)の職員のようでした。この人から言われたのは、『日本人に対して韓国の悪口を書くな』でした。韓国国内ならばともかく、『日本人に向けて書くのはけしからん』と言うんですね。

 それで私は『韓国のためになると思って書いていることで、自分は悪いことをしていると思っていません』と言ったら、『それはよくわかる。でも、それなら韓国のマスコミを怒らせることをするな』と言われました。マスコミに載らない程度にしておけ、ということなんですね。」と語っている。

断章86

 3カ月ほど前になる。ある韓国紙に掲載されたコラムに目がとまった。

 タイトルは、「韓日『経済戦争』究極的目的は何か」であった。韓国の歴史的な進路選択にかかわるコラムだった。以下に、引用・要約して紹介する。

 

 「日本は韓国との関係を通じて韓日米三角同盟を強化し、中国の膨張を防ぎ北朝鮮核武装を抑制して自国の安保と経済的利益を守ろうとすることを究極的な目的とするとみられる。いま日本が韓国にする行動は、友邦としての信頼が壊れたので信頼できる友邦国であるということを改めて確認させてくれというものと解釈される。

 

 米国の韓日関係に対する立場は両国で円満に解決しろというものだ。韓国に対する立場は米軍駐留費をさらに多く負担し、北朝鮮核武装できないよう米国を助け、対中制裁に参加し、世界覇権を維持するのに軍事的に支援しろということだ。

 韓米関係で米国の究極的な目的は韓日米三角同盟を固め、北朝鮮核武装と中国の膨張を防ごうということだ。もっと大きくインド、台湾、シンガポールだけでなく、さらにロシアとも連合して中国を包囲し世界覇権を維持しようということのようにみられる。韓日対立状況で助けてほしいという韓国の要請にまともに応じないのを見れば米国は自国の究極的な目的達成に協力しない国と韓国をみているようだ。

 

 もし韓国が韓日米三角同盟を破り中国と同盟を結ぶといえば米国はどうするだろうか。覇権維持のため中国の膨張を防ぐことが米国の究極的である目的のため、どのようにしてでも韓国の国力を弱めようとするだろう。米国が韓国に経済制裁を加えれば韓国は日本の制裁とは比較できないほどの被害を受けるだろう。在韓米軍が撤収することになるが、北朝鮮が韓国最大都市20カ所に核爆弾を撃つと脅迫すれば韓国はどのように対応できるだろうか。毎年北朝鮮に途轍(トテツ)もない朝貢を捧げたり、あるいは金 正恩の支配を受けること以外に他の代案があるだろうか。

 

 中国は今回の韓日対立に対し公開的に明らかな立場を明らかにしていない。韓日間の経済戦争がさらに激化すれば中国も短期的に損害を受けるだろうが、長期的に『中国製造2025』に役立つため、中国の立場では慶事になるかもしれない。韓日関係悪化で韓国が中国と同盟しようと考えるなら中国は究極的に望む世界覇権をもっと早く握れるかもしれず両手を挙げて歓迎するだろう。

 

 韓日が両国関係で究極的に得ようとするものが韓日米三角同盟の強化による国家安保維持と経済成長ならば統合的交渉を試みなければならない。両国が望む究極的な目的が同一なので簡単に妥結できる。この時、ひとつの事案だけめぐり交渉するのではなく、両国の利益に影響を与えかねないさまざまな事案を同時に交渉テーブルにのせて交渉しなければならない。日本とまだ締結していない自由貿易協定(FTA)も上げられない理由はない。それぞれが必要とするものを得て、あまり重要でないものを譲歩すれば、交渉妥結しない時と比較して互いに利益にできる。これを通じ両国が過去史に対してはこれ以上言いがかりをつけない究極的合意をすれば良いだろう。

 

 もし韓国政府が望むものが3国同盟を破棄し中国と同盟を結ぶことならば交渉自体が行われず経済戦争が本格化するだろう。韓国政府は経済戦争を通して韓国が究極的に得ようとするものが何かを明確にしなければならない。戦争が本格化すれば米国も韓国に背を向けさらに大きな経済と安保危機を経験するだろう。韓国政府はその道を選択しないだろうと信じる。韓日両国が合意できる代案を見つけられなければ過去という『尻尾』が現在と未来という『胴体』を揺るがす格好になる。過去よりも未来指向的な観点から両国関係を再確立する契機にしなければならない。」(2019/7/31 中央日報コラム)

 

 当該コラムニストの期待に反し、その後の経過は芳しいものではない。文在寅政権の実質を伴わない“談話”や“親書”なるものは、「交渉しようとしたが、反動的な日本にはその気がなかった」とか「頑固な日本は、歴史修正主義的主張に拘泥した」と、今後の「反日」の名分を得るためのアリバイ作りにみえる。というのは、時々刻々、次から次へと、元徴用工訴訟に関わる対日本企業訴訟判決、資産差押え、資産売却が差し迫っているが、文在寅政権にはこれに取り組む様子が見られないからである。

 

 元々、韓国という国は、「1945年8月、憎き日本のくびきから脱したとき、韓国は自力で新しい国を作ることができなかった。アメリカやソ連などの大国に翻弄され、結果として民族が分断されて、今日に至っている。

 それ以来、韓国人の心の底には、あからさまには口にできない『国家の正統性』という問題が重苦しく沈殿することになってしまった。南北ともに信ぴょう性に疑問はあるものの、北朝鮮の言う『金日成は日本と戦って北朝鮮を作った』という主張に韓国は自信をもって反論することができない。そのため事あるごとに『親北』勢力が台頭」(ブログ「韓国はなぜこんなにも『反日』なのか」)してくる素地がある。

 

 そんな素地のあるところに、「米国の元政府高官が『北朝鮮はここ1年間、韓国左派へのイデオロギー攻勢で大きな成功をおさめた』と指摘した。2018年4月の南北首脳会談をはじめとして、韓国国内の左翼勢力に対話攻勢を仕掛けることで彼らの民族感情を刺激し、北朝鮮に同調する勢力として引き入れることに事実上成功したということだ。

 ブッシュ政権で東アジア太平洋担当の筆頭国務次官補を歴任したエバンス・リビア氏は10月17日、米政府系放送ボイス・オブ・アメリカVOA)に出演した。リビア氏は北朝鮮が韓国に対して露骨な暴言などを使っていることについて『北朝鮮としては韓国を外交的、政治的、イデオロギー的に(利用する)都合の良い位置に置いたことを把握し、蔑視しているということだ』とした上で、上記のように述べた。

 北朝鮮がいかなる行動をとったとしても、韓国は無条件でそれに従うため、かえって韓国を無視するようになったというのだ。

 リビア氏は『このような(イデオロギー攻勢の)成功は、韓国国内における北朝鮮に同調する動きや反応を北朝鮮が当然視するレベルにまで達した』『北朝鮮は自分たちよりも韓国のほうがより対話や協力を願っていることと、北朝鮮がどんな行動をとっても韓国は常に手を差し出し、協力を求めることを確信するようになった』と指摘」(2019/10/19 韓国紙ワシントン特派員)されるような情勢になった。

 

 こうした情勢を背景に、「韓国の親北朝鮮団体『韓国大学生進歩連合』に所属する男女17人が18日、ソウルにある米大使公邸の敷地に侵入し、米国が在韓米軍駐留費の負担増を要求していることを非難するデモを行った。警察は、侵入しようとした2人を含む計19人を建造物侵入などの疑いで拘束した。

 大進連は昨年来、北朝鮮金正恩朝鮮労働党委員長を礼賛する集会を開催。日韓対立に絡み、今年7月には三菱重工業の系列会社や日本メディアのソウル支局に対し、それぞれが入居する建物に不法侵入してデモを強行した。

 聯合ニュースによると、17人は、はしごで公邸の塀を乗り越え、建物前で横断幕を広げて『ハリス米大使はこの地を去れ』などと主張した。ハリス大使らは不在だった。米大使館は強い懸念を示し、韓国側に公館の保護強化を求めた。釜山の日本総領事館でも7月に大学生らが侵入してデモを行う事件」(2019/10/19 産経新聞)が起きている。

 

 「人権」を掲げながら「北朝鮮金王朝と同衾しようとし、「自由と民主主義」を謳いながら「反日」「反米」を辞めず中国に媚びを売る。韓米同盟を結んだまま中国に従属しようとする。まるで鵺(ヌエ。掴みどころがなく立ち回りは巧みだが得体の知れない人物の喩え)のようではないか。「鵺の鳴く夜は恐ろしい…」

 

【参考】

 「防衛費分担金特別協定(SMA)、北朝鮮、戦時作戦統制権還収問題が韓・米同盟にうず巻きを起こしている。過去にも韓米関係が危機に直面したことはあった。イ・スンマン元大統領は安保条約をめぐってトルーマンアイゼンハワー政府と葛藤した。カーターはパク・チョンヒの独裁をコントロールするために在韓米軍の撤収を推進した。ノ・ムヒョン候補が大統領に当選すると、米格付け会社ムーディーズは韓国の格付けを直ちに下方修正した。ノ・ムヒョン元大統領の反米の歩みを懸念したためだった。

 だからといって同盟が根本的に揺れることはなかった。だが、現在、暗雲が立ち込められた3つの問題は本当に危険な暴風を追い立てるかもしれない。(中略)

 このような問題が完全な破局をもたらすと確信することはできないが、米国の外交専門家らは深く懸念しながら見守っている。世論調査によると、米国人は韓国に米軍を駐留させることを強力に支持している。下院でも在韓米軍の撤収を主張する議員は誰もいない。共和党議員は随時国防授権法に言及してトランプ大統領が在韓米軍撤収の口実を見出せないように遮断している。(中略)

 (しかし、)米国人の米軍(韓国)駐留への支持を文在寅政府は活用しない。同盟関係の発展より北朝鮮との妥協に没頭している。日本をはじめとする米国同盟国との関係改善には力を注がない。韓国と米国企業に同盟の重要性を強調する姿も見ることが難しい。

 まだ完全に遅れたわけではない。11月中に韓米例年安保協議会がソウルで開かれる予定だ。それまでSMA合意が実現するかどうかは分からないが、韓米両国は協議会を機会にして同盟が両国だけでなくアジア全地域にも大きな意義を持つという事実を明らかに示す必要がある。」(2019/10/25 中央日報コラムに掲載:マイケル・グリーン

断章85

中国によるスパイ容疑での日本人拘束に抗議する!

 「北海道大学の日本人の教授が、今年9月、北京を訪れた際に中国の国家安全当局に拘束されていたことが分かりました。関係者によりますと、40代の北海道大学の男性教授は、今年9月に北京を訪れた際、中国でスパイ行為などを取り締まる国家安全当局に拘束されたということです。拘束された経緯や詳しい容疑などは分かっていませんが、男性は、防衛省防衛研究所や外務省での勤務の経験があるということです。

 これまでに中国でスパイ行為に関わったとして13人の日本人が拘束されていますが、準公務員の国立大学の教員の拘束が確認されたのは初めてのことです。」(2019/10/19 TBS NEWS)という報道がある。

 中国公安の狙いはわからない。日本との取引材料(人質)を増やそうとしているのか、日本への陰険な圧力なのか、解放するから中国のために働くスパイになれと言うのか。

 

 スパイ容疑という《センシティブ》な問題であり、日本には“東アジア共同体”とかいう“中・朝・韓への土下座”に洗脳された学者・マスコミが多いせいか、中国公安による日本人拘束が問題にされることが甚だ少ない。

 しかし、これは大問題だ。

 第一に、中国はスパイ容疑というセンシティブな問題を《盾》にすることで、政治的なでっちあげ或いは恣意的な拘束であっても、日本当局や日本世論の介入・批判をブロックしようとしている。

 第二に、まったく恣意的な長期拘束をすることである。「2010年に尖閣諸島近くで起きた中国漁船衝突事件の後、準大手ゼネコン・フジタの社員ら4人が河北省石家荘の軍事管区内で拘束されるという事件が起きた。このとき中国当局は、拘束した日本人に対して『居住監視』という措置を適用した。この場合、拘置所ではなく、公安当局が関係する宿泊施設などに軟禁して取り調べを行う。期限は定められているものの、延長が認められており、事実上、無期限で拘束を続けられる仕組みだ。」「当局からすると極めて便利な方法だが、やられる側からすれば、期限の定めがないから無期懲役のようで、たまらなく苦しいという。」(『林彪事件習近平 』 筑摩選書)

 

【参考】

 「中国山東省煙台市の中級人民法院(地裁に相当)は5月17日、温泉開発の調査をしていた日本人男性(73)に対して国家機密を盗み、違法に国外に提供した罪を適用し、懲役5年6カ月と財産3万元(約48万円)を没収する判決を言い渡した。

 またも司法に名を借りた横暴が日本人に降りかかった。中国の裁判所が長期拘束中の日本人2人に懲役12年などの実刑判決を相次ぎ下した問題である。

 『スパイ罪』を適用した日本人への実刑判決は4人となった。

 身柄の拘束から判決まで、根拠となる事実を公にしないまま人身の自由を奪ったことは、重大な人権侵害である。判決は不当だ。

 スパイ活動に関与したとする日本人の拘束問題で安倍晋三首相は、昨年10月の日中首脳会談で前向きな対応を求めた。だが習近平国家主席聞く耳を持たなかった。

 中国の通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)の孟晩舟副会長逮捕を受け、中国外務省の報道官は『理由を示さないままの拘束は人権侵害だ』と述べ、カナダ当局を非難した。

 一連の日本人拘束、さらに中国国内での人権弾圧をみれば、どの口で人権を口実に他国を非難するかとあきれるばかりだ。」(出所不詳)

 

【参考】

 「中国当局の情報機関に協力しスパイ活動を働く公職員や軍関係者を厳罰する『国家安全法』改正案が19日、台湾の立法院(国会)の第三読会(三読)を通過し、可決した。改正案は、中国当局のために台湾でスパイ組織を設立する者に対して、刑事責任を追及し、7年以上の有期懲役と最高額1億台湾ドル(約3億4600万円)の罰金を科すと定める。

 改正案は、国家安全または社会安定に危害を与え、外国、中国本土、香港、マカオなどの海外敵対勢力と、それらの勢力が派遣した者のために働いたり、またはスパイ組織を作った者に対して、3年以上10年以下の有期懲役と、3000万台湾ドル(約1億391万円)以下の罰金を科すとした。

 外国、中国本土などの海外敵対勢力に公的機密情報を提供した者には、1年以上7年以下の有期懲役と1000万台湾ドル以下(約3464万円)の罰金を科す。機密情報を収集した者には、6カ月以上5年以下の有期懲役と300万台湾ドル(約1039万円)以下の罰金を処する。

 また、改正案は、中国当局のためにネット上で情報を収集し、サイバー攻撃を仕掛けるハッカーも厳罰の対象にした。現職、または退職した公職員や軍関係者が、中国当局のために諜報活動を働いたと認定されると、退職金の受領資格のはく奪や、すでに受領した退職金の全額返還を定めた。

 中国軍の諜報員・鎮小江は2002~07年までに、許乃権・元少将を含む台湾軍の退役将校10人を吸収した。『国家安全法』の有罪判決を受け、収監された許は2017年に釈放された。しかし、その後、毎月7万台湾ドル(約25万円)以上の退職金を支給されていることが台湾で問題視された。

 一方、与党・民進党や野党・時代力量の議員は19日の三読で、台湾の新聞社やテレビ放送局などが報道の自由を乱用し、中国当局を美化する『フェイクニュース』を流布している現状を食い止めるため、関連法案の改正および制定を呼び掛けた。」

(2019/6/20「大紀元」 記者・呉旻洲、翻訳編集・張哲)

断章84

 『検定版 高等学校韓国史』は、8項「抗日義兵運動が起こる」で4ページを使い、「国権を守るための民族的抵抗の中で最も積極的な抵抗は義兵運動だった」とする。

 「第一次朝鮮総督府統計要覧」の“義兵”との「交戦回数・交戦義兵数」まで引用して、激烈な抗日義兵運動があったという。

 1895年、乙未義兵。1905年、乙巳義兵。1907年丁未義兵と3期に分類している。

 乙巳義兵で平民義兵将が率いる部隊は、「山岳地帯を根拠地として小規模な部隊形態で遊撃戦を繰り広げ、日本軍と激しく戦った。特に平民義兵将、シン・ドクソクは太白山脈一帯で日本軍に立ち向かい、多くの戦果を上げた。」

 丁未義兵では、解散させられた大韓帝国軍の「軍人が義兵に合流したことで義兵の組織や威力がいっそう強化され、(中略)丁未義兵は規模や性格面から抗日義兵戦争に発展していった。」と韓国・教科書は記述する。

 

 平民義兵将のシン・ドクソクは、「義兵1,000人余りを率い、あちこちで戦い、太白山の虎と呼ばれた」のくだりは、まるで洪吉童(ホン・ギルトン)である。

 それは、抑圧され収奪され差別された庶民が好む“お話”である。

 「洪吉童(ホン・ギルトン)は、道術を使う不思議な老人に弟子入りして、風を起こし雲を呼ぶ、神出鬼没の遁甲術を身に着け、その力で金剛山の山賊を従えて活貧党の首領となる。人心を惑わす僧侶、不正をはたらく役人や庶民を苦しめる貴族を懲らしめ、奪った金品を貧しい人々に分け与える。庶民から義賊と賞賛される洪吉童を政府は逮捕しようと躍起になるが、分身を作って八道各地で同時に襲撃を繰返すため、どうしても捕まえることが出来ない」(Wiki)義賊の“お話”である。

 つまり、洪吉童(ホン・ギルトン)やイム・コッチョンという庶民が好む義賊の“お話”にイメージを重ね膨らませて、“抗日義兵戦争”ファンタジーを作っているのである。

 

 なお、ホン・ギルトンは、やがて部下とともに新天地を求めて海を渡り、ユルド国にたどり着き、その地の王族を征服して、やがて身分差別のない理想郷を作り上げたことになっているが、義兵将シン・ドクソクは部下の家に泊まったとき、その兄弟に殺された。(注:ホン・ギルトンも他国の王族を征服したらしい。後世、謝罪と賠償をした?)

 

 「全承学編『韓国独立運動史』によれば、(乙未義兵から)16年間に及ぶ義兵総動員数は6万人。」「『高等警察要史』の数字では、日本政府側の死者336人、義兵の死者1万7,779人となっている。」(黄 文雄)

 「日本軍の行動は、『殺戮、放火、掠奪、暴行など、この世のものではない地獄』と書かれ」「統監府設置以後は、日本の憲兵警察が朝鮮半島の隅々までに駐屯し、『極悪非道』な弾圧と虐殺を意のままにしていたとよく書かれている。」(同)

 

 実際はどうだったのか。

 「朝鮮半島憲兵警察の数字と行政区域をいくら照らし合わせてみても、隅々まで憲兵警察を駐在させることは不可能である。統監府時代から3・1独立運動に至るまで、朝鮮人と日本人を合せた憲兵警察の総数は、初期の千人ほどから最高7千人まで、人数が年々増加していったとされてはいるが、各面(村)まで駐在させるには、数字的に不可能であった。」(黄 文雄)

 

 「義兵は『激烈な抗日』の主役に据えられているが、同時代人の儒生・黄玹は、イメージとほど遠いその実態を伝えている。

 『忠を抱き、義に因る人は、若干名に過ぎなかった。名を売ろうとする者が導き、禍を楽しむ者が附き、悪人どもが千人、百人と群れを成し、みな“義兵”と称していた』『残忍、凶暴、淫蕩で、略奪し、強盗と異なるところのない者がいた』

 当初彼らは内陸を通行する丸腰の日本人を襲撃していたが、やがて朝鮮の良民に矛先を向けるようになり、犠牲者は時に日本人の10倍にもなったという。(中略)

 蜂起の件数が多かったことをあげて抵抗の激しさを強調する向きもあるが、組織も統一もなかったから、騒擾が各地でおきたというだけである。十数人の討伐隊が鎮圧に向かうと、百人、千人が蜘蛛の子を散らすように逃げるというのが『義兵戦争』の実態だった。

 『暴徒の実力に至りては実に微弱』で『二百乃至三百の団衆に対しても1小隊(注:30人程度)以上の兵力を用いる程の強抗を受けたること無く』というのが日本側の認識・・・現に『義兵戦争』たけなわの1907年春、在韓日本人の不平を尻目に、駐屯2個師団のうちの1つが内地に引きあげている。日本の治安当局は、本州ほどの広さのこの地に、1個師団もおいておけば十分と考えていたのである。」(『韓国「反日主義」の起源』草思社刊)

 

 「いわゆる“義兵”は、正式な軍隊とは違って・・・補給を得ることが難しい。数週間もたてば食糧が断たれてしまう。(中略)食糧が足りなくなって、農村を襲うという行為に出れば、農民から敬遠されるのは、ごく当たり前のことだからだ。

 住民の支持を得られらくなった義兵は、山間部に逃げ込むと、貧しい農村や集落では食糧を供出することができず、義兵が匪賊に変身して、村を略奪した。農山村を義兵の襲撃から守るには、逆に憲兵警察と手を組んで、『討伐隊』を組織して村を守らなければならなかった。それが義兵運動のたどった自己崩壊の運命であった。」(『立ち直れない韓国』)

 

 「一粒の麦、もし地に落ちて死なずば、ただ一つにてあらん、死なば多くの実を結ぶべし」。

 この世には負けると分かっていても、戦わなければならない時がある。そのとき問われるのは、「何のために、誰のために」戦って死ぬかである。

 「日本の奴隷になって生きるよりは自由民として死ぬ方がはるかにいいのです」と抗日義兵は、カナダ人記者に語ったという。だが、“王朝的専制と腐敗・貧窮・差別の泥沼”だった李氏朝鮮大韓帝国の下で生きてきた民衆が自由民として生きるということは、現実的には、山賊・匪賊のように生きることを意味していた。

 それとも、高宗を守り(復辟し)、大韓帝国を支持(再興)することなのか? 儒教朱子学)に凝り固まった愚かな両班たちに従って死ぬことなのか?

 そこには夢も希望もないから、朝鮮の民心は“義兵”に同調しなかった。

 そうして、『検定版 高等学校韓国史』が“抗日義兵戦争”と最大限に《潤色》した運動は、日本政府側の死者336人で終息したのである(注:アルジェリア独立戦争でのフランス側軍警の戦死者は28,500人、負傷者は65,000人である)。

 

【参考】

 「檄文を送って八道の多くの村に告げる。・・・わか国母の敵(引用者注:閔妃殺害のこと)を考えるともう歯ぎしりしたが、残酷なことが加わり・・・私たちが両親からもらった髪の毛を、草を刈るように切ってしまう(引用者注:断髪令のこと)とは何という災難だろう。・・・およそ各道の忠義の人士たちはすべて王に育てられた体であり、患難を避けることは死よりさらに苦しく、滅亡を座して待つのは争うのと同じではない。」(柳麟錫の義兵檄文・韓国教科書記載)

断章83

 『検定版 高等学校韓国史』のⅤ章6項は、「経済侵奪に立ち向かう」である。

まず問題にされるのは、「貨幣整理事業」である。

 「日帝は日本人財政顧問の目賀田種太郎を先頭に、大韓帝国の金融市場を掌握しようと貨幣整理事業を断行した。当時わが国の商人が最も多く使っていた白銅貨を三等級に分けて交換した。甲種は額面価で交換したが、乙種は半分の価格で交換、最も金額が多かった丙種は交換に応じなかった。これによって商人は深刻な貨幣不足に苦しめられ、結局日本金融市場に完全に隷属してしまった」(P182)という。

 

 事実として、「当時の白銅貨には、典圜局製造の『官鋳』、正式な特別許可による外製の『特鋳』、韓国皇室の内々の勅許による外製の『黙鋳』、密造による『私鋳』があると見られていた。韓国皇室が納付金を徴して白銅貨の私鋳を黙許したため、大韓帝国において通用する白銅貨の偽物が日に増して流通し、その悪貨によって商取引に問題が発生していた。また、大韓帝国においては偽造勅命許可証(偽造啓字公蹟) が多く出回っており、それによる偽啓默鋳も行われていた。しかし、内密の勅許を暴露することは重罪であったため、民間人が白銅貨鑄造の勅命許可証の真偽を判断することは難しかった。(中略)

 また、当時、白銅貨や韓銭だけでなく、清の商人の発行する銭票や日本の商人の発行する韓銭預かり手形も韓国の市場に流通していた。(中略)

 1904年10月、目賀田種太郎が財政顧問となり、同年11月、貨幣の原盤の流出元とみられる典圜局は廃止された。」(Wiki

 

 例えば、ギリシアのような通貨危機(混乱)であれば、緊縮財政を約束させて、EUが支援した。アジア金融危機では、「財政再建」「金融機関のリストラと構造改革」「通商障壁の自由化」「外国資本投資の自由化」「企業ガバナンスの透明化」「労働市場改革」などを約束させて、IMFが救済した。

 昨今の企業活動での“エンゼル”“白馬の騎士”といわれるものも100%善意ではないし、いわんや国際政治において100%の善意はありえない。今も各国が国益を追求する結果としての援助であり支援である。

 帝国主義全盛の当時において(IMFもEUもない時代)、大韓帝国(腐敗したアジア的専制下にある後進貧乏国)の混乱しきった金融・財政を立て直すための「貨幣整理事業」は、朝鮮にとって、また朝鮮半島での勢力拡大を企図する日本にとっても必要なことだったのである(「日本の下心」を云々することは、帝国主義全盛期の過酷な世界を正視できないことを意味するに過ぎない)。

 大韓帝国が、ひと昔前のコメディアンのギャグのように、「今やろうと思っていたのにぃ~」と言っても、自力で「貨幣整理事業」(金融混乱収束)ができなかったことは明白である(税関業務ですらイギリス人能吏のイニシアチブ頼りだった)。

 

 次に、韓国教科書は、「経済的救国運動」として国債報償運動を取り上げている。

 「日本から入ってきた借款は統監府の設置後、急激に増加した。莫大な借款導入により主権が脅かされると考えた民族指導者たちは国債報償期成会をつくり、国債を返すための運動を展開した。この運動は大邱で始まり全国に広がった。(中略)

 慌てた日帝国債報償運動を排日運動と見なし、募金運動を主管した梁起鐸を横領容疑で拘束して大韓毎日申報を弾圧した。結局国債報償運動は失敗に終わったが、日帝の国権侵奪が進められた時期に国民を団結させて愛国心を大きく呼び起こした」(P183)そうである。

 

 これも実際は、「日清戦争以後、大韓帝国政府は日本から巨額の借款を受け入れて、近代化を推し進めようとした。1907年に金光済は、経済的隷属に繋がると危機感を抱き、大韓帝国政府が借りた総額1,300万円を募金で返還する運動を始めた。金光済らは、『タバコを購入する代わりに国債を報償しよう』と喫煙廃止を主唱した。大韓帝国国民2,000万人が1ヶ月あたり20銭を消費するタバコの喫煙を止めれば、3ヶ月で優に1300万円を返済することが出来るというのである。この運動は大きな反響を呼び、ソウル新聞や帝国新聞などの賛同によって全国的に波及。タバコを止める人が大勢出現した。同時に募金活動も行われ、一時は16万4200円が集まった。

 ところが、この運動に賛同しながら影でこっそりとタバコを吸ったり、募金を着服する不祥事が発覚した。また、運動の中心人物であった英字新聞『コリアタイムズ』経営のイギリス人・ベセルが資金を横領した。日本が梁起鐸を拘束し妨害したという俗説もあるが、そもそも銀行に預けている募金が減っていることを日本に調査依頼したのは朝鮮側であり、また銀行の口座を管理していた梁起鐸の裁判において『ベセルが横領した』ことが明白になったため、日本の妨害という主張はあたらない。(中略)この運動はいつしか立ち消えとなった」(WIKI)のである。

 

 「日清戦争後の三国干渉後、ロシアは露清密約を結び遼東半島の南端に位置する旅順・大連を租借し、旅順に太平洋艦隊の基地を置いた。さらに、1900年の中国・義和団の乱に乗じて満州へ侵出して占領した。ロシアは満洲の植民地化を既定事実化しようとしたが、日英米がこれに抗議しロシアは撤兵を約束した。ところがロシアは履行期限を過ぎても撤退を行わず駐留軍の増強を図った。

 1902年、イギリスは、ロシアの南下が自国の権益と衝突すると危機感を募らせ、長年の孤立政策(栄光ある孤立)を捨て、日本との軍事同盟に踏み切った。同年、シベリア鉄道が完成し、ロシアも南進の準備が整った。

  幾度かの直接交渉も決裂して、1904年、日本軍が旅順港内のロシア艦隊を攻撃し、日露戦争に突入する。日本は転売を通じてだが日露戦争までに朝鮮で三つの鉄道利権を得ていた。京仁鉄道(漢城-仁川間、1900年開通)、京釜鉄道(漢城-釜山間、1904年開通)、京義鉄道(漢城-遼東へ通じる義州間、1905年開通)である。この三つの鉄道も使って、日本はロシアと戦い、戦争は翌年、日本の勝利で終わる。

 日本は、1904年、1905年、1907年の三次にわたる日韓協約を通じて、1910年の韓国併合に進んでいく。」(Wiki等を要約)

 

【参考】

 「日本がロシアに勝てたのは、まったく『海洋パワー』を持たなかったロシア帝国に対して、まさに圧倒的な『海洋パワー』を持った大英帝国の支援があったからであり、実際、旗艦であった戦艦三笠をはじめ、日本海軍の艦船のほとんどが英国製であった。また、重要な航路や港をイギリスが支配下に置いていたために、バルチック艦隊対馬沖に航行してくるまでにすでに疲弊しきっていたのである。

 日本は『小国』であったがゆえに『他の大国』であった英国の助けを得ることができただけでなく、その英国自身が圧倒的な『海洋パワー』を保持していたために、海戦を有利に戦うことができたのである。これは、それからほぼ40年後に孤立無援で『海洋パワー』がゼロの状態で、『大国』と戦っていた大日本帝国の状況と対比させて考えてみると感慨深いものがある。」(注:ルトワックのいう「シーパワー」と「海洋パワー」の概念を説明した奥山 真司の解説文から引用)

断章82

 韓国歴史ドラマを観ただけでも、「李朝では、権力がすべてだった。権力の座にすわった者が、暴虐の限りを尽くした。法は権力者によって、好き勝手に用いられた。権力の奪い合いは、凄惨をきわめた。民衆はただ搾取の対象となった」こと。

 「権力者は美辞麗句を弄んだが、人命も、道徳も、顧みることがなかった。民衆は苛酷な社会のなかで生き延びるために、偽ることが日常の習い性となった」ことがわかる。

 李氏朝鮮の真実は、隠そうとしても隠しきれるものではない。「隠すより現る」である。

 

 『検定版 高等学校韓国史』は、救いようのないものを無理矢理庇おうとして詭弁を弄することになる。

 「高宗の俄館播遷により日本の干渉からある程度抜け出したものの、ロシアをはじめとする列強の利権侵奪はいっそう激しくなった。政府は国家の自主的地位と国王の権威を取り戻すために努力した。」(178ページ)というのであるが、高宗と取り巻きはロシア公使館に1年近くとどまり続けて執政しているのだから、これは詭弁でしかない。

 「ロシアは軍事教官と財政顧問を派遣して朝鮮の内政に干渉」というが、そもそも高宗と政府がロシアに軍事教官と財政顧問の派遣を要請したのである。

 

 また、「5. 近代主権国家をうちたてようとする」という項目にあわせて、「民衆を呼び覚まして国民国家をつくろう」とする「独立協会」の澎湃(ホウハイ)たる運動があったかのように記述を装うのだが、実際は大衆的な広がりがなく、線香花火のように終息させられたのである。

 「政府批判を続けた独立協会は1898年、弾圧によって壊滅するのであるが、その批判の一つとは国王と政府がロシア公使館にあったとき、鉱山や鉄道といった国家利権を密かに欧米列強に売り飛ばしていたことに対してであった。」(「朝鮮史」)

 つまり、韓国の教科書の著者たち・官製民族主義者が「外勢の侵奪だ。干渉だ」と金切り声をあげることの多くは、実は、私腹を肥やしたい高宗とその取り巻きたちが国内利権を外国に切り売りした結果なのである(今でもアフリカの独裁国ではありがちな事)。

 

 高宗は、およそ1年後にロシア公使館から王宮に戻った。

「中国では、古来から皇帝が天壇で祭天の儀式を行っていた。しかし、朝鮮では、祭天を行う事ができるのは中国の皇帝だけであり、中国の皇帝から冊封されている朝鮮国王は、祭天を行えないとされていた。ところが、日清戦争で日本が清に勝った結果、下関条約で朝鮮は中国からの独立が認められ、1897年に朝鮮国王は大韓帝国皇帝に昇格した。そのため、独自に祭天を行うこととなり、中国の天壇のまねをして圜丘壇を作った。」(Wiki

 「10月12日に祭天の儀式を行い、翌13日に詔を出して皇帝に即位した。その後、清の冊封の象徴であった迎恩門、『恥辱碑』といわれる大清皇帝功徳碑を倒して独立門を立て独立を記念した。」(同)

 

 『検定版 高等学校韓国史』によれば、「大韓帝国は皇帝権を強化し、国家の自主権を守って富国強兵のために改革を推し進めた(光武改革)。・・・1899年にわが国初の憲法といえる大韓国国制を発表した。(中略)光武改革は短期間に産業や教育などで大きな成果を上げたが、執権層の保守的性格や列強の干渉などによる限界があった。」「大韓帝国は列強の干渉をはね除けるためには皇帝を中心として力を集めることが必要だと考え、皇帝に重要な権限を集中させた。ここから皇帝中心の近代主権国家を目指していたことがわかる」(180頁)という。

 

 しかし、大韓帝国と光武改革を、『検定版 高等学校韓国史』のように見ることは、大韓帝国復古主義的性格に目を閉ざし、李氏朝鮮から《看板》をかけ替えたにすぎない大韓帝国を美化することである。大韓帝国のうわべを飾る近代化策に幻惑されて、アジア的復古王朝的本質を見失っているのである。

 なぜなら、第一に、ここでの皇帝への権限の集中は、近代主権国家を目指すものというよりは、李氏朝鮮によくみられた国王親政と王権強化を意図していたのである(韓国歴史ドラマで第3代太宗や第7代世祖たちがよく言う「強い王でなければ国を強くすることができない」そのものだ)。

 第二に、1897年頃に学務大臣申箕善が編集し、2名の学務顧問が序文を書いて、費用が政府持ちで刊行された『儒学経緯』に、「ヨーロッパは文明の中心すなわち中国からあまりに遠く離れている。ゆえにロシア人、トルコ人、イギリス人、フランス人、ドイツ人、ベルギー人は人間よりも鳥獣に似ており、その言語は鶏が鳴いているように聞こえる」などの記述があり、駐在各国外交官から抗議を受けたのであるが、大韓帝国の官僚たちは、おしなべて皆、こうした世界観の持ち主だったのである。

 

 実際は、「1899年8 月、高宗は『大韓国国制』を発布し、皇帝は統帥権、法律の制定権、恩赦権、外交権など強大な権力を有することが定められ、皇帝専制による近代化政策(光武改革)が進められたが、韓国独自の貨幣発行は失敗して財政は悪化した。韓国政府により京城~木浦間に鉄道を敷設する計画も発表されたが、資金不足により実現に取り掛かることはできなかった。また、光武量田事業と呼ばれる土地調査を実施し、封建制度の基礎となる土地私有制を国家所有制に切り替え、近代的地税賦課による税収の増加を目論んだが、土地所有者たちへの説明が不明瞭なまま強引に推し進められたことや経費の不足から徹底することができないまま、日露戦争の勃発により事業は終了した。」(Wiki

 つまり、朝鮮には、強欲な両班たちと支配イデオロギーであった儒教朱子学)のせいで、近代化と国防に必要なマインドもメソッドもマネーも無かったのだ。

 「近代主権国家を目指していた」「光武改革で大きな成果を上げた」という記述は、その後の“悪辣な日帝による国権強奪”を際立たせるための牽強付会であり美化なのである。

 

【参考】

 「三・一運動100周年を控え、有名な韓国史講師であるソル・ミンソク氏はあるテレビバラエティ番組に出演して日帝の石窟庵(ソックラム)き損を非難した。『石窟庵は数学・幾何学・科学の完ぺきな結晶体で、1,000年以上にわたって完ぺきに保存されてきたが、日本が嫉妬してセメントとコンクリートを塗って傷つけた』という。記録は全く違うことを語っている。1912年に大規模補修工事に入った当時、石窟庵は天井が崩れて土に埋もれた状態だった。日本としては文化遺産を生かそうとして、当時としては最新の技術であるセメントを使って最善を尽くしただけだ。それでも放送以降、日本は嫉妬で盲目になり石窟庵を傷つけた野蛮国家として韓国大衆の袋叩きにされた。

 資料を一度ひもとけば露見する明白な歴史わい曲だが、ソル氏や放送局が謝罪どころか訂正したという話はついぞ聞かなかった。実は、特に驚くようなことではない。韓国で『手当たり次第反日』はいつもこのように免罪符を受けてきた。(中略)

 私たちは事実を事実通り見なければならないという、その単純な常識さえ学ぶことができなかった。」(2019/5/10 中央日報日本語版)