断章153

 「教育はすべての人間に平等に与えられるのではなく、できる人材はより多くの知識を吸収して、さらに差をつける。教育は平等ではなく、不平等を生むのである」(グナル・ハインゾーン)。

 

 戦後復興につれて、地方・寒村から勇躍あるいは親兄弟の生活・進学を助けるために、多くの青少年が都会に出た。キューポラのある街で、軒を連ねる縫製工場で、インクの匂いが鼻をつく活版印刷工場で、厨房で親方に小突かれながら、明日を夢見て働いた。おいおい生活は楽になり、成功者もいたが、社会的階梯を登ったものは、さほど多くは無い。なぜなら、高すぎる「学歴」の壁があるから(高学歴者からは、陰で、バカ呼ばわりされる)。

 

 以前、本が好きだというだけの理由で印刷工場に就職し、まるで内村 鑑三がキリストの“啓示”を受けたように、パルタイから“啓示”を受けた友人の話を書いた。

 ヘーゲルが分かる人にとって、「ヘーゲルとは、『近代』の直面する問題の全てを予見し、哲学のあらゆる部門を包括する体系的思考であり、それ以降のあらゆる哲学者たちを手の平の上で踊らせる知の巨人である」らしい。

 同様に、友人にとって、“啓示”を受けたマルクス主義は、あたかも、「この世界の難問を軽々と解決する如意棒」であり、「深い哀しみを知った者のみが体得できるという北斗神拳究極奥義」でもあったから、俄然(がぜん)元気になったのである。

 公務労働者や教育労働者のような大産別でない、しがない民間零細の低学歴労働者は、職場で支持を広げることがむつかしい。それでも根が真面目だから、職場では嫌われもせず、庇(かば)ってもらえたこともある。ただ、実際のところ、パルタイでは、大事にしてもらえたわけではない。なにしろ、低学歴で幹部候補ではなかったから。

 東京が美濃部革新都政だった頃、山谷(労働者)の越冬支援に行って、暴力団手配師と向き合っていた。アナキストの竹中 労はいたが、進歩的知識人の姿は無かったそうである。

断章152

 5月22日、「開幕した中国の全国人民代表大会で王晨副委員長は、抗議活動が続く香港について、『外国勢力が香港に干渉して、国家の安全に危害を与えている』などとアメリカを非難したうえで、香港の治安維持のための法律を中国政府主導で制定するとともに、中国の関係機関による香港での取締りを認める方針を打ち出しました。

 この方針は、来週28日の全人代の最終日に採決される見通しです。(中略)

 今回の全人代で、香港の治安維持のための法律を制定する方針が打ち出されたことについて、中国の現代政治が専門の東京大学公共政策大学院の高原明生教授は、『中国政府としては、香港で新型コロナウイルスの感染が収まりつつある中で、去年のような大規模なデモが再び起きないよう、何らかの措置を取る必要に駆られているのではないか。今回も習近平政権による強権発動で、上から抑え込むような形を取ろうとしている』と分析しています」(2020/05/23 NHK NEWS WEB)。

 

 この全人代では、「あまり目を引かないがチェックしておくべきテーマがある。経済改革への取り組みだ。

 政府活動報告は8つのパートに分けられたが、その4つめが『改革によって市場主体の活力を引き出し、発展の新たなエネルギーを増強する』というものだった。

 李首相は、その説明のなかで『生産要素の市場化配置改革を推進する』『省レベルの政府に建設用地についてもっと大きな自主権を与える。人材の流動を促進し、技術とデータの市場を育成し、各種の生産要素の潜在エネルギーを活性化させる』とコメントした。これは、7年ぶりに動き出した大改革の予兆かもしれない。

 前触れはあった。4月9日、中国共産党中央・国務院(内閣)は①土地、②労働力、③資本、④技術、⑤データの5分野について、これらの配分にさらに市場原理を導入する方針を発表した。

 習近平政権は発足間もない2013年に『資源配分には、市場に決定的な役割を果たさせる』という方針を打ち出していたが、ほどなくして国有企業を重視して政府主導で産業を育成する路線に転換した。そうした経緯があるだけに、コロナ禍という『非常時』に乗じる形で市場原理重視派の主導で抜本改革を進める機運が高まっているのかもしれない。

 政治面で統制を強化しつつ、経済面で市場原理による改革を志向することが現実に可能なのか。5月28日まで続く全人代での議論に目を凝らす必要がある」(2020/05/23 東洋経済・西村豪太の記事を抜粋・再構成)。

 

 およそ40年前に、「資本主義は、国家による総需要の拡大を受け入れなければならない。共産主義は、中央集権的計画経済の放棄と価格と賃金の“自由化”を受け入れなければならない」と、E・トッドは言った。そうなった。その結果、中国、アメリカ、ロシア、もちろん日本も、お互いに似てきたのである。

 

 これは、《弁証法》でいう「対立物の相互浸透」なのだろうか。

 対立物の相互浸透とは、「弁証法の法則の中でも、社会や市場における『競争』の未来を予見するとき役に立つ法則です。

 では、これは、いかなる法則か。端的に述べるならば、『戦いあい、競いあっているもの同士は、互いに似てくる』という法則です。そして、この法則で、世の中を見渡すと、企業と企業、政党と政党、国家と国家、制度と制度など、あらゆる物事に『相互浸透』が起きていることが分かります」(板倉 聖宣)。

断章151

 「アメリカのジョンズ・ホプキンス大学の22日午前3時時点の集計によりますと、新型コロナウイルスの感染が確認された人は世界全体で504万7377人、亡くなった人は、32万9816人となっています。」(2020/5/22 NHK

 

 日本でも経済活動の制約などで業績が悪化する企業が目立ち始め、一部で人員削減も始まっている。コロナ危機は日本人の働き方だけでなく、人事評価・給与体系も大きく変わる可能性があるという。

なぜなら、今や企業は活動全般(とりわけコスト)を見直す必要があり、そのひとつは、人事評価・給与体系を従来の年功序列型から成果主義型へ切り替えることだ、というのである。

 

 『メリトクラシーの法則』(マイクル・ヤング・1965年刊)の後表紙に、「メリット ―― つまり業績と実力を中心にする主義をメリトクラシーと名づける。・・・これまでもそうであったように、今日も、今後も、平等の原則と結びついたメリトクラシーは、近代化、工業化をこころざす社会をいよいよ支配することになるだろう。“実力者”について語り、実力主義がしだいに重要性を増しつつある日本もその例外ではない。メリットは社会を推進するが、またそこから多くの問題が生まれる」と東京工業大学教授・永井 道雄は書いた。

 メリトクラシー成果主義実力主義)から生まれる問題のひとつは、マイクル・ヤングの前掲書中にみられたような、傲慢(ごうまん)で大衆の感情から遊離したエリートたちが簇生(ぞくせい)するということである。

 

 格差が拡大し、中間層が痛んでいた中で、さらにコロナ禍によって成果主義実力主義が徹底されれば、寄る辺のない庶民の暮らし向きは、ますます厳しくなるだろう。

 日本のエリートたちには、大衆の感情から遊離した傲慢な行状が横行した過去がある。歴史の教訓は生かされるのだろうか?

断章150

 「あたし中卒やからね 仕事をもらわれへんのやと書いた女の子の手紙の文字は とがりながらふるえている ガキのくせにと頬を打たれ 少年たちの眼が年をとる 悔しさを握りしめすぎた こぶしの中 爪が突き刺さる」(「ファイト」♪中島 みゆき)

 

 中卒と高卒の間には、越せない断崖があった(夜行列車で集団就職した中卒の苦闘)。おなじ高卒であっても、都会の高卒と田舎の高卒の間には断崖がある。

 「“田舎の学問より京の昼寝”ということわざがあります。田舎で学問を一生懸命勉強するよりも、都会である京都で昼寝をしながら、のんびりと過ごすほうが“多くの学びを得られて、知識も豊富になる”という意味です。

 いくつかの地方を巡っていると、まさにこのことわざの意味を痛感している若者が多いと実感します。だからこそ当然、みんな東京へ行きたくなる。インターネットの発展により、地方と都会の情報格差は縮まったと一時期は言われていましたが、わたしはまったくそんなことはないと考えています。同じ情報を知るスピードは追いついても、その情報に『実感(=体温やリアリティ)』がない。だから、東京に出たほうがいい! 出るべきだ! という若者が増えている」と、あるブロガーさんが書いている。そして、もちろん高卒と大卒の間にも断崖がある。

 

 「親の所得や社会的地位、あるいは本人の容姿や体力など、勉強しても克服できない要素が残る事は否定できない。しかし、社会活動の多くの分野で、勉強の成果はこれらよりずっと重要な地位を占めている。しかも、勉強において、生まれつきの能力は決定的な要素ではない。それよりも、方法と意欲のほうがはるかに重要だ。

 だから、日本社会は、恵まれない環境に生まれたものにとっては、大変ありがたい社会なのである。学歴社会や受験体制を批判する前に、まずこのことを認識する必要があるだろう。

 現在の仕組みの最大の問題は、『勉強で可能性が開ける』と言うチャンスが、大学入試の段階でほぼ終わってしまうことなのである。その後では、勉強によって新しいチャンスが開ける機会が少ない。『学歴社会』とは、まさにこのことである。つまり、『学校教育以降の勉強の努力がカウントされない社会』と言う意味なのである。

 言い換えれば、日本では『勉強社会』がまだ不十分であることこそが、問題なのだ。したがって、『勉強しなくても良い社会』を作ることではなく、『勉強することがいくつになっても報われる社会』を作ることが必要である。

 私は暗記・詰め込み教育の重要性を強調したい。若い時に詰め込み教育を受けるのは、大変意義があることだ。『想像力のための教育が必要』と言われるけれども、想像は学習からしか出てこない。問題は、詰め込む内容が不適切なことにある(そして、問題意識がない年齢で詰め込みを行うことにある)」と、野口 悠紀雄はいう。

 

  格差の拡大に伴って、児童・生徒の貧困も問題になっている。しかし、1950年代のわたしたちと比べてみれば(「今のところ」と付言しなければならないのが残念だが)、今の日本の社会は、やる気があって勉強すれば可能性が開かれる社会である。例えば、北海道知事・鈴木直道である。1981年埼玉県春日部市生まれ。県立三郷高等学校在学中に両親の離婚により母子家庭で育ち、経済的な事情から大学進学を断念する。東京都職員採用試験に合格し、18歳の1999年、東京都庁に入庁した。19歳の2000年4月、法政大学第二部(注:夜間である)法学部法律学科に入学し、地方自治を専攻、4年で卒業している(Wikiから)。

 

 「私は、経済的な意味でも物理的な環境の意味でも、勉強に向いているとは言えない状況で育った。思う存分に勉強できたらどんなにすばらしいだろうと思いながら、勉強を続けた。また、私の周りには、非常に高い能力を持ちながら、経済的な理由等によって大学進学を断念せざるを得なかった人が多数いる。

 だから、勉強できる客観的な条件に恵まれながら、能力を理由に勉強しない生徒の言い訳は認めたくない。大学に入ったとたんに勉強を放棄する学生には、せっかく与えられた貴重なチャンスを無駄にするなと忠告したい。『ゆとり』を主張する教育改革論者には、教育を受ける権利を子供から奪わないでほしいと訴えたい。『落ちこぼれの生徒に温かい目を』と言う教育評論家には、能率的な勉強法を教える以上に暖かい方法があるのだろうかと問いたい。そして、『詰め込みより創造を』という人には、詰め込みなくしていかなる創造もありえないことを指摘したい」(野口 悠紀雄)。

 

【参考】

 「国が豊かになるためには、国民が優秀であることが不可欠です。資源が豊富だったり、土地が広くなったりすれば、国は豊かになると言うイメージがありますが、それだけで豊かになった国は、あまりありません(引用者注:肥沃な大地をもつアルゼンチンや原油を埋蔵するリビアをみよ)。古今東西、豊かな国と言うのは、国民の教育レベル、文化レベルが高いものです。

 日本が明治維新以降に急成長したのも、教育制度を整えたからだといえます。日本は、明治維新前は大して肥沃でもない土地に、国民の8割以上が農業に従事する貧相な農業国家に過ぎませんでした。しかし、明治新政府は、わずか数年で義務教育の制度を整え、明治中期には子供の大半が教育を受けることができました。日露戦争当時では、日本はロシアよりもはるかに識字率が高かったのです。明治日本は、欧米でもあまりないほどの教育制度が整った国だったのです。

 明治日本は教育を非常に大事にすることで急激な経済発展を遂げたわけですが、現代の日本は決してその伝統を受け継いではいません。現代日本では、少子化で子供が少なくなったと言うのに、その少ないはずの子供にさえまともに教育を施していないのです。今の日本の大学生の約半数は、利子がつく奨学金をもらっています。これは奨学金とは名ばかりで、要は借金です。つまり、今の大学生の約半分は、借金をしないと学業を続けられない状態にあるのです。

 なぜこういうことになっているのかと言うと、不況続きで親たちの経済的余裕がないところに、大学の授業料の大幅な値上げが行われたからなのです。国立大学の授業料は、昭和50年には年間36,000円でしたが、平成元年には339,600円となり、平成17年からは535,800円にまで高騰しているのです。 40年の間に、なんと15倍に膨れ上がったのです。しかも、日本では奨学金制度が全く充実していません。だから、大学生の大半は、社会に出るときに莫大な借金を背負うと言うことになっているのです。また、お金がないために進学をあきらめた子供たちも大勢いると思われます。

 富裕層は、自分の子供が良い職についたり、家の事業を引き継いだりするためには、教育が重要だと言うことを知っていますし、教育のためにお金を惜しみません。それは、古今東西の社会で同様のようです。

 ただ、庶民はというと、なかなかそれができません。教育の重要性は分かっていても、そのための費用を出せなかったり、教育の機会そのものがなかったりします。また、そもそも教育の重要性など全く認識せず、子供が物心ついた時から、働けるだけ働かすという家庭も多かったのです。だから、庶民に教育を施すには政府が主導しなければならない、とアダム・スミスは提言しているわけです」(大村 大次郎『超訳 国富論』から要約紹介)。

断章149

 日本共産党に対して、「かろうじて命脈を保っている」とすることは、過小評価ではないだろうか?

 というのは、2019年現在、日本共産党は、衆議院議席数12 / 465(3%)、参議院議席数13 / 245 (5%)、都道府県議数 138 / 2,668 (5%)、市区町村議数 2,503 / 29,762 (8%)、党員・党友数 約280,000人の党勢を維持していたからである(出所・ウィキペディア)。

 

 1990年代初めのソ連圏の崩壊、国際共産主義運動の壊走から実に30年近くになる。にもかかわらず、なぜ、これほどの党勢を維持できているのだろうか(しかも、衆院議席に限っていえば、小選挙区制の下では、ちょっとした“風向き”で議席数をさらに増やせる)。

 

 第1に、マルクス主義共産主義)は、「科学的社会主義」を自称するのであるが、それは、実は《教義》と化している。日本共産党の古参党員たちにとっては、もはや宗教的なアイデンティティでもある。だから、ソ連圏の崩壊、国際共産主義運動の壊滅を横目に(思想的判断停止をして)変わりなく過ごせたのである(注:「神に頼る事ができず、民衆からも遊離した」迷えるインテリにとって、宗教的な天国への希望に代わる、「共産主義」という地上の天国の夢を与えたマルクス主義は、“救済”だった)。

 

 第2に、保守の思想家・理論家たちは、事実としてのソ連圏の崩壊と国際共産主義運動の壊滅に満足して、この問題だらけの現代社会そのものが、繰り返し“マルクスリバイバル”を呼び起こすことを見過ごし、マルクス主義共産主義)を“思想的理論的に完全に葬り去る”営為に取り組むことを怠ってしまった。だから、日本共産党はこの“マルクスリバイバル”を利用して延命を図ることが出来たのである。

 

 第3に、日本共産党が、マスコミ、教育、医療、福祉、消費生活の現場に、ネットワークを戦略的に涵養し育ててきたからである。市町村レベルでは福祉住宅や雇用促進のサービス利用において日本共産党は今も頼られる存在である。

 

 パレスチナガザ地区を実効支配しているのは、イスラム原理主義組織ハマースだという。ハマースは、これまで創設者のアフマド・ヤシンなど多数の幹部を、イスラエルによって殺害された。今も、イスラエルのドローン攻撃で傘下軍事組織の要員を暗殺されている。これまであったイスラム圏からの支援も減少しているらしい。

 それでも、ハマースは健在である。なぜなら、第1に、メンバーが宗教的信念を有しているからである。第2に、教育、医療、福祉などの分野で地道な活動を継続して民衆の支持を獲得しているからである。

 日本共産党も又、ハマースと同じ構造的な強さを持っているのである。

断章148

 失くしてみて、その有り難さ、大切さが身に染みるもの。ひとつは電気(電力)である。

 100年前の1920年ロシア革命の指導者であったレーニンゴエルロ計画(国家電化計画)を作成したが、その際、「共産主義とは、ソビエト権力に全国的電化を加えたものである」と述べた。この言葉は、電力が一国の経済社会の発展に最も重要な役割を果たすエネルギーであることを的確に予見したものとして広く知られている ―― 世界大百科。

 

 「新型コロナウイルスの感染が港湾周辺での事業継続にも影を落とすなか、日本の隠れた停電リスクが浮上してきた。発電燃料の4割を依存する液化天然ガスLNG)は、全量を中東や東南アジアなどから船で輸入。長期保存に向かないことから備蓄量は2週間分にすぎない」(2020/04/23 日本経済新聞)。サプライチェーン寸断による危機である。

 

 それでなくとも、日本の電気(電力)インフラのうち、送電設備(送電塔)の老朽化が進んでおり倒れやすくなっている。なので、2019年9月の台風15号による千葉県の大規模停電は、ピーク時に約64万軒に及び、自然災害では東日本大震災以降で最大だった。

 

 「台風15号による大規模な停電は関東南部で10日も続き、千葉市などでは復旧が11日にずれ込んだ。冷蔵庫やエアコンが使えず、生活に与える影響は大きい。気温が上昇しており、熱中症リスクも高い。・・・『仕事にならない』『食材がなくなる』。被災住民の訴えは切実だ。・・・『パソコンやファクスが使えず、冷房もない。仕事にならない』。(中略)

 コンビニエンスストアには『営業中止』の張り紙が掲げられ、飲食店はシャッターを下ろした。・・・マンション駐車場が停電で車を出せない会社員の男性は区役所で給水を受けた『この暑さで、水を歩いて運ぶのは大変』とこぼした。

 情報収集や連絡に欠かせないスマートフォンも電気が必要だ。充電用に電源車を用意した富里市役所には10日、多くの人が詰めかけ、冷房が使えない役所内でうちわを手に順番を待った。充電できるまで1時間半待ったという高校1年の染谷竜士さんは、『昨晩からスマホの電源が切れ、友達と連絡が取れないし、電車の運行情報を調べるのも大変だった』という。

 『牛が暑さで死んでしまうのでは』。千葉北部酪農農業協同組合の担当者は危機感を強める。停電が続く県南部は酪農が盛んな地域。乳用牛は暑さに弱く、夏場は扇風機を回している。東日本大震災をきっかけに自家発電機を備える酪農家は増えたが、停電でまかなえる電力量の限界が近づく。・・・県畜産課によると、電話がつながらず被害情報の収集も難航している。

 学校や医療機関への影響も甚大だ。木更津市の公立保育園は10日朝から給食の食材納入業者とのやりとりに追われた。11日以降の給食の見通しが立たない。・・・小中学校は10日も千葉県内で3分の1にあたる442校が休校し、105校が授業を短縮した。

 千葉県によると、県内で停電した病院は70病院。9日未明に停電し自家発電設備を持たない西佐倉印西病院に入院中だった男性患者の死亡が9日朝に確認された(引用者注:停電が続くと、人工呼吸器や透析機が使えなくなる)」(2019/09/10の日本経済新聞を要約)。

 

 必要なことは、電力インフラの再整備・強靭化だけでなく、新たな電気(電力)技術の研究・開発の推進であろう。例えば、太陽電池であり、常温超電導であり、新型火力発電であり、小型原子炉などである。

 

 「ガリウムヒ素(GaAs)系の超高効率太陽電池はこれまで、変換効率は現在主流のシリコン(Si)系太陽電池の2倍近くと高い。しかし、製造コストが高価なため、人工衛星など限られた用途にしか使われていなかった。今、コストを200分の1に低減する技術開発が進展している。街乗り用電気自動車(EV)が必要とするエネルギーの大半を太陽電池で賄(まかな)えるなど、エネルギー問題のゲームチェンジャーになりそうだ。1日数10キロの街乗りであれば太陽電池だけでEVが走る──。そんな世界の到来が急速に現実味を帯びてきた。(中略)

 一般に日本の自家乗用車の走行距離は、国土交通省の04年の調査で1日平均約29キロ。15年のソニー損害保険の調査でも、自家乗用車の6割は1日平均19キロしか走っていない。こうしたクルマは、2~3日のうち1日晴天であれば、超高効率太陽電池の発電分で走行に必要な電力の大半を賄えることになる。

 しかしこれまで普及していないのには理由がある。GaAs系太陽電池の価格が非常に高いのである。価格は1ワット当たり約5000~2万円。一方、大規模太陽光発電システム(メガソーラー)などに用いられているSi系太陽電池は同50円前後であることから、実に100~400倍になる。乗用車1台に実装する1キロワット分のGaAs系太陽電池セルは、500万~2000万円する計算だ。(中略)

 それでも最近になって、大量の太陽電池を貼り付けたクルマの試作が増えてきたのには、このコストの高い壁を大幅に低減する技術開発が進んでいることがある。それを推進するのは、米国立再生可能エネルギー研究所(NREL)や日本のNEDOだ(引用者注:当然、中韓も全力推進中である)。

 NRELは既存のGaAs系太陽電池のコストを100分の1にするロードマップ、日本のNEDOは200分の1にするロードマップをそれぞれ描いている。仮にコストが200分の1になれば、発電単価はSi系太陽電池に並ぶ水準となる。すると変換効率の高さが大きな強みとなり、Si系太陽電池の大部分がGaAs系に置き換わる可能性も出てくる。同面積であれば、発電出力はSi系の1.5~2倍となり、世界や日本のエネルギー問題の軽減に大きく寄与することにもなる」(2019/12/25 日本経済新聞)。

 

 電気(電力)を喪失したときの不便さも、喉元過ぎれば熱さを忘れる。折々に思い出し、次に《備え》なければならない。

 

【参考】

 「日本の石炭火力の技術はずいぶん進歩しています。昔のようにCO2を丸出しにしているわけではない。例えば、瀬戸内海の大崎上島にある石炭火力発電の実証試験発電所を訪れたことがあります。そこで行われていたのは石炭ガス化複合発電と呼ばれるもので、石炭から可燃性ガスを作ってガスタービンを回し、その熱を利用して蒸気タービンを回し、さらに石炭ガスから水素ガスを分離して燃料電池の燃料にするらしい。これが実用化すれば、発電効率は55%以上改善し、CO2排出量も30%削減できるそうです」(宮家 邦彦)。

 

【参考】

 「なぜ今、小型原子炉が見直されたのか?

  非常時に動的冷却装置が必要な原子炉は津波に襲われて全停電になると、崩壊熱が出続けるので事故になる懸念がある。そのため2重、3重に全停電防止対策を取り入れ、さらに冷却が出来なかった場合に備えてフィルターベントの設置まで義務付けられることになった。

 これに対し小型炉は殆どの場合、炉心が小さいため全停電になっても空気の自然対流で炉心を冷却出来るという高い安全性がある。

 だから全停電を防止する安全対策が不要である。新規制基準で定められた2重、3重の全停電防止対策が不要だし万一に備えたフィルターベントも要らない。

 これまで大型炉に対するハンディキャップだったスケール・デメリットが逆に大きなメリットになった。これが将来炉として小型原子炉が脚光を浴びている理由である」。

断章147

 「株式市場で巨大IT(情報技術)に資金が集中している。米マイクロソフトや米アップルなどアメリカ株式市場での時価総額上位5社の時価合計が、日本の東証1部上場企業・約2,170社の合計を上回った。テレワークやインターネット通販など新型コロナウイルスで変容した生活様式でも勝ち組で、自動車などの次世代技術での投資余力も大きいことから評価を集める」(2020/05/09 日本経済新聞)。

 

 「そりゃそうだ」(バカ殿)

 SNSフェイスブックFacebook)、通販のアマゾン・ドット・コムAmazon.com)、動画配信のネットフリックス(Netflix)、検索エンジンのグーグル(Google)、そしてWindowsマイクロソフトなど、これらアメリカの情報技術やビッグデータ、ネットサービスの覇権を握っている巨大IT企業は、既に世界中の人々の日常生活で、不可欠なインフラのようになっており、さらにこれからも生活や産業構造を大きく変える可能性がある。ところが、こうした新しいイノベーションを次々と起こして産業構造・日常生活を変えるような企業が、今の日本にあるだろうか?

 

 「私の仕事は、すでに大幅にGoogleに依存してしまっています。検索やGmailが使えなくなれば、私の仕事は直ちに立ち往生してしまうでしょう。最も重要な知的作業の基本的インフラにおいて、日本はすでにGoogleやアップルに大きく依存してしまっているのです。

 この先、人工知能の問題として現実にあり得る問題は、第1は、大企業が人工知能を活用し、それを販売戦略に生かすことによって、市場をコントロールしてしまうことです。このため、人工知能を使える大企業と、そうでない中小企業の間に格差が生じてしまう危険があります。第2は、我々の生活が、人工知能を駆使する1部の企業に依存せざるをえなくなることです」(野口悠紀雄)。

 

 しかし、日本企業にもまだ希望が残っているかもしれない。

 というのは、「GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)も、元々は、その業界における最初のイノベータ―ではなかった。・・・グーグルの前に初期の検索エンジンがあり、アップルは最初にPCを開発した企業ではない。アマゾンの前にも、オンライン書店は存在していた。

 ある書籍にはこう書かれています。『ある業界のパイオニアが、うしろから撃たれることはよくある。四騎士たち(GAFA)もまた後発組だ。・・・彼らは先行者の死骸をあさって情報を集め、間違いから学び、資産を買い上げ、顧客を奪って成長した』。

 グーグルは、アルゴリズムの優秀さと『情報の信頼性』を軸にした最初の検索エンジンであり、アップルは『より簡単にPCを使えるインターフェイスを備えたPC』を発売した最初の企業だったのです。

 この点から現在導入が始まっているテレワークを考えると、単にコロナウィルス対策でテレワークを始めた企業は、やがてその習慣を捨てていく一方で、『テレワークのほうが成功できる事業や方法』を発見した企業は、そのノウハウを他社に売るようなビジネスで、新しくできた業界の支配者になる可能性を秘めています。

 一方で『やはりテレワークでは実現できない要素』を発見した企業も、テレワークを一斉に導入した他社に、『テレワークを補完する重要な要素』を広く販売できるようになるでしょう。

 GAFAの成功から学ぶ戦略とは、『新しくできた業界に参入する』のではなく、『新しくできた業界の支配者になるためのカギ』を発見することです。このカギを発見できた瞬間こそが、・・・参入のベストのタイミングだと言えるのです」(2020/05/04 東洋経済・鈴木 博毅を抜粋・再構成)。