断章505

 大混乱・大波乱・大変化に備えなければならない。

 記憶は薄れるものだ。過去のことは忘れやすい。たとえば、「私の曾祖母が生れた頃は、人間は馬より速い速度で旅することはできなかった。それからしばらくたってからも、蒸気機関車が限界だった。夜の闇から逃れる方法はロウソクか石油ランプしかない。……家が女性の仕事場であり、料理をするにはかまどに火をおこさなければならず、火をおこすには薪を削らねばならなかったし、水は川か井戸から汲んで運ばなければならなかった」(カール・B・フレイ)。世界大戦の記憶、経済的大破局の記憶もまた薄れている。

 

 「第二次世界大戦後の経済成長と繁栄は、スタグフレーションとごく短期間の景気後退で何度か中断したが、世界は総じて長期にわたる繁栄と平和と生産性の伸びを謳歌してきた。過去75年間にわたって経済はおおむね安定し、景気後退はいくつかの例外を除いて比較的短かった。イノベーションが次々に出現して生活の質は向上し、大国間の全面戦争はなかった。そして多くの国の多くの世代が、親世代、祖父母世代を上回る生活水準を謳歌している。

 だが残念ながら、長く続いた平和と繁栄の時代はこれ以上続きそうもない。現在起きているのは、安定の時代から不安定と紛争と混乱の時代への大転換だ。これまでに遭遇したことのない巨大な脅威に人類はさらされている。

 しかも、累積債務と過剰債務の罠、信用緩和と金融危機人工知能(AI)と技術的失業、脱グローバル化と大国間の地政学的緊張関係、インフレーションとスタグフレーション通貨危機と所得格差の拡大とポピュリズム、気候変動とパンデミックという具合に、脅威は相互に関連している。

 いまや大恐慌以来の経済・金融危機に襲われるリスクが迫っている。さらに、気候変動、人口高齢化、自国第一主義や移民排斥、米中対立、技術革命と技術的失業などがこの危機に追い討ちをかけるだろう。

 いま私たちは断崖の上を危なっかしく歩いており、はるか下の地面は揺れている。それなのに、未来は過去の延長だとまだ考えている人が多い。これはとんでもないまちがいだ。すでに鳴り響いている警報に耳を澄ませてほしい。経済、金融、技術、貿易、政治、地政学、健康、環境に関わるリスクは、これまでとは桁ちがいの規模に膨れ上がっている。よく知っていると思い込んでいた世界をすっかり変えてしまう巨大な脅威の時代が来るのだ。

 私だって、人類の未来についてもっと楽観的になりたい。株価は上がる、利益は増える、雇用も所得も増える、平和と民主主義が世界に広がりどの国も平和と繁栄を謳歌する、持続可能で包摂的な成長が実現する、国際的な合意により公正で誰もが受け入れるルールが定められる、と言えたらどんなにいいだろう。だがそれはできない。好むと好まざるとにかかわらず、危機は迫っている。人類が直面する巨大な脅威は世界を大きく変えてしまうだろう。生き延びたいなら、見ないふりをしてはいけない。備えることだ」(ヌリエル・ルービニ、『MEGA THREATS』(メガスレット)の一部を再構成・引用)。