断章498

 「旧・ソ連邦スターリン政権下で秘密警察として機能したNKVD(内務人民委員部)とその後継組織に当たるKGB(国家保安委員会)は、国外で暮らすロシア人に約70年にわたって目を光らせていた。在外ロシア人が体制に脅威をもたらす可能性を恐れたためである。

 その伝統はプーチン大統領の治安機関FSB(連邦保安庁)にも受け継がれている。FSBが少し前に発表した推計によると、今年1~3月にロシアを離れた国民はほぼ400万人に達した。少なくとも全人口の2%が国を去った計算となる。

 FSBがこうしたデータを集めているのは、もちろん暇潰(ひまつぶ)しのためではない。1917年の十月革命から1991年のソ連崩壊までの期間を通じて、ロシア人ディアスポラ(在外居住民)は『労働者の楽園』を喧伝する当局にとって目の上のたんこぶのような存在であり続けてきた。ロシア国民の流出は1905年の第1次革命が失敗に終わった頃から始まっていたが、その数は1917年にボリシェビキが権力を掌握すると急増。『リトルモスクワ』が欧州の各地に生まれた」(ケント・ハリントン)。

 旧・ソ連や現「北朝鮮」は、国民の海外渡航をバリバリ厳しく統制した(する)。なぜなら、たとえその国が“社会主義”「労働者の楽園」を自称していようとも、競争がなく悪平等主義で経済が成長しないから弱者がよりいっそう貧しくなり自由もない国から逃れようとする者が、引きも切らないからである。

 

 マルクス・レーニン主義とは、「1917年10月のロシア革命は、職業革命家によって構成される軍隊的規律の『前衛党』が指導して社会主義革命として勝利した。『前衛党』があれば、マルクス主義ユートピア(=コミュニズム)を実現できる」という理論である ―― マルクス・レーニン主義という呼称は、今や時代と国に合わせて(俗耳に適うように)、「科学的社会主義」とか「革命的マルクス主義」とか「主体思想」とか「脱成長コミュニズム」に変更されている(ただし、名乗りを変えても、本質は同じである)。

 結局のところ、それは、特権的党官僚階級の、特権的党官僚階級による、特権的党官僚階級のための偽善的で悪質な支配を維持するために、マルクス主義というユートピア思想で社会を染め上げ、「近代的所有権(個人財産の不可侵)」を否定する“赤色全体主義”に落ち着くのである。