断章395

 大事なことは、繰り返し言わなければならない。

 革命前のロシアで流刑に処された、ある人が思索を巡らした末に、「マルクス主義を含めて社会主義の教説とは、プロレタリアートの利益の実現の名において、その実、知識労働者つまり種々の“インテリ”の集団的利益を擁護する理論であり、実践にほかならない。

 社会主義の名で企てられる革命は、事実上、知識労働者(インテリ)が新しい特権階級として国家権力を彼らの集団的利益のために独占行使し、集団的に肉体労働者を搾取する『国家資本主義の搾取体制』を産み落とすだろう」という結論に至ったという。

 

 日本のインテリたち(そして中国共産党の習 近平)が、「武器としてのマルクス(主義)」について語るとき、その意味すること(本当の意図)は、なにか? マルクス(主義)は、どんな武器なのか?

 それは、革命前には、“インテリ”たち(「党中央」として、あるいは「知識人」として)が、マルクス(主義)の用語や概念を言葉巧みにあやつって、自然発生的経済主義的意識しかない肉体労働者を言いくるめて(あるいはコミュニズムの夢をみさせて)、自分たちの隊列に一兵卒として動員し利用する(あるいは自著を売りつける)ための「武器」である。

 革命後には、“前衛党”(ある国では「共産党」を名乗り、ある国では「労働党」と名乗る)に結集する“インテリ”たちが、肉体労働者を支配する(洗脳する)ための党=国家の公認イデオロギーとして、あるいは頭脳労働という複雑労働に従事する者として、単純な肉体労働に従事する者よりもはるかに恵まれた待遇を受けるのに役立つ「武器」である。