断章272
「ゲノム革命によって明らかになったように、人類の過去を大きなスケールで眺めれば、わたしたちの生きている時代は別に特別ではない。過去にも、非常にかけ離れたグループがくり返し混じり合い、互いにヨーロッパ人やアフリカ人やアメリカ先住民と同じくらい異なっていた集団の均質化が起こった。そうした大規模な交雑では多くの場合、一方の集団の社会的権力のある男性と、もう一方の集団の女性がカップルになっている」(ライク)。
「5000年前ごろ、黒海とカスピ海の北ではヤムナヤ文化が興り、馬と車輪を活用して、広大なステップの資源を初めて、思う存分利用した。
青銅器時代が始まったころでもあり、馬の飼育、車輪や車輪のついた乗り物の発明、銅や錫のような貴重な金属の集積などによって、人類の移動範囲が大幅に広がり、富が蓄積された。銅と錫は青銅器の原料で、何百キロも、ときには何千キロも遠くから調達しなければならなかった。Y染色体のパターンは、この時期に、不平等も大幅に拡大したことを物語っていた。新しい経済活動によって、集団のごく一部にかつてないほど権力が集中し始めた。
考古学者のマリヤ・ギンブタスによれば、ヤムナヤの社会はそれまでにないほど、社会的な権力における性的バイアスのある階層化社会だった。ヤムナヤは巨大な塚を残しているが、その約80%には、しばしば暴力的な損傷の跡がある男性の骨格が、恐ろしげな短剣や斧に囲まれて中央に埋葬されている。ヤムナヤのヨーロッパへの到達は、両性間の権力関係に転換をもたらすきっかけとなった。
女性が中心的な役割を果たしていた『古いヨーロッパ』は、男性中心の社会にとって変わられたが、それは考古学的な証拠に表れているだけでなく、ギリシアや古代スカンディナヴィア、ヒンドゥーの神話にもはっきり表れているという。こうした男性中心の神話は、おそらくはヤムナヤによって広がったインド=ヨーロッパ文化の影響を受けているとギンブタスは指摘している」。
ヤムナヤ遊牧民の別の集団は南へと向かって、インドまで到達した。ヨーロッパ人とインドのアーリア人は、ステップの遊牧民・ヤムナヤに起源をもつ同祖集団である。だから同系統のインド=ヨーロッパ語を話すのである。
「ヒンドゥー教最古の聖典『リグ・ヴェーダ』では、戦の神インドラが不純な敵『ダーサ』のもとに馬の引く戦車で乗りつけ、彼らの砦『プル』を破壊して、みずからの民『アリア』すなわちアーリア人のために土地と水を確保する ―― 戦闘用の2輪馬車は青銅器時代のユーラシアの大量破壊兵器だった」。
「現在のインドでは、話す言葉や出身階級が異なる人は異なる比率のANI(北インド系)由来DNAを持つ。そして現在のインド人のANI由来DNAは、女性よりは男性に由来している。このパターンはまさに、インド=ヨーロッパ語を話す人々が4000年前以降に政治的・社会的権力を掌握し、階層化された社会において先住の人々と混じりあった場合に予想されるパターンだ。権力を持つグループの男性が、権利を剥奪されたグループの男性よりも配偶者をうまく確保できたのだ」。
「ヤムナヤは実際に少数のエリート男性が権力を握る社会だったという証拠が、古代DNAデータから得られている。ヤムナヤのY染色体には少数のタイプしかなく、限られた人数の男性が遺伝子を非常に多く拡散させていたことがわかるのだ。対照的にミトコンドリアDNAにはもっと多様な配列が見られる。ヤムナヤやその近縁者の子孫は自分たちのY染色体をヨーロッパとインドに広げたが、その影響は非常に大きく、青銅器時代以前にはなかった彼らのY染色体タイプが、今ではヨーロッパでもインドでも優勢となっている。
このヤムナヤの拡大は、すべて友好的に行われたわけではなかった。現代の西ヨーロッパでもインドでも、ステップ起源のY染色体の比率が、ゲノムの残りの部分におけるステップ系統の比率よりもかなり大きいという事実から、それがよくわかる。つまり政治的または社会的権力を握ったヤムナヤの男性子孫が、地元の女性の獲得競争で地元の男性より成功を収めたということだ」(『交雑する人類』を抜粋・再構成)。
日本の自称「知識人」リベラルは、なにかと寄って集って「反日」言辞を語り、「日本」をおとしめる。それと異なり、デイヴィッド・ライクは、ユダヤ人としてのアイデンティティを、アメリカで研究(生活)できることへの感謝を忘れていない。わたしたちのアイデンティティは何だろうか?