断章315

 「近ごろでは、ヒトと類人猿の近縁関係はしだいに受け容れられてきている。たしかに、人間が自らを特異な存在とする主張が出尽くすことはけっしてないだろうが、そうした独自性の主張で10年以上もつものはめったにない。ここ数千年の技術の進歩に幻惑されることなくヒトという種を眺めたときに目に入るのは、血と肉からできた生き物で、その脳は大きさがチンパンジーのものの3倍あるとはいえ、新しいパーツはまったく含んでいない。私たちの自慢の前頭前皮質でさえ、他の霊長類と比べれば標準的な大きさでしかない。人間の知性の卓越性を疑うものはいないとはいえ、私たちの基本的欲望や欲求で、近縁の動物たちにも見られないものなどひとつとしてない。サルも類人猿もヒトとまったく同じで、権力を獲得するために骨を折り、セックスを楽しみ、安全と親愛の情を求め、縄張りを巡って相手を殺し、信頼と協力を重んじる。もちろん人間にはコンピューターや飛行機があるが、私たちの精神構造は他の社会的な霊長類の精神構造のままだ」(『道徳性の起源』フランス・ドゥ・ヴァール)。

 

 しかし、ヒトによる“殺人”を見れば ―― 例えば、凄惨な茨城殺人事件で逮捕された男(まだ容疑者である)は、少年時代に連続通り魔事件を起こしたいわくつきの男である。週刊誌によれば、「人を殺してみたかった」と供述したらしい。あるいは、名古屋大学の女子大生が知人女性(当時77歳)を殺害した殺人事件。「子供のころから人を殺してみたかった」と供述している。昨22日のニュースでは、中米エルサルバドルの法務・治安省は21日、北西部チャルチュアパで8日に女性2人の殺人容疑などで逮捕された元警察官の自宅庭から、少なくとも8人の遺体が発見されたことを明らかにした。地元報道によると、容疑者は47人を埋めたと話しているといい、さらに増える可能性が高い。逮捕されたのはウゴ・オソリオチャベス容疑者(51)。2010年に強姦(ごうかん)罪などで服役していた刑務所を出所。直後から女性を拉致した上で暴行を加え、殺害していったとみられる ―― 、心穏やかではいられない。

 

 「私たちは誰かが非道な振る舞いを見せると、『獣(けだもの)のような』などと口走ってしまう。だが、その手の比喩は『恐ろしい侮辱』だ ―― 動物たちに対して! 人間は崇高で理性的・道徳的であり、動物はすべて衝動を抑えられず、本能の命ずるままに勝手放題のことをしているというのは、たいへんな勘違いであり思い上がりなのだ。動物に身近に接している人、そして、人間をよく観察している人なら、人間と動物の境界(とりわけ霊長類との境界)が、そこまで単純で確固たるものでないのを知っているはずだ」(『道徳性の起源』訳者あとがきから)。