断章244

 「厚生労働省は15日、新型コロナウイルス感染拡大に関連する解雇や雇い止めは、11日時点で見込みを含めて7万6543人だったと発表した。前週よりも1202人増加。アルバイトなどの非正規労働者が約6割に当たる702人を占めた」(共同通信)。

 

 〈政治〉という“言葉”で思い浮かべるイメージは、十人十色であろう。

 「人間の意識がその存在を規定するのではなくて、逆に、人間の社会的存在がその意識を規定するのである」から ―― あらゆる媒介や中間項を飛ばして“あてはめ”すれば ―― 、東京千代田区でステーキランチを税金で食べたり、東京港区でコメンテーターとしてのテレビ出演料で高級ワインを飲んでいる人たちと、昼食代を200円以内に納めるためにボンカレーと冷凍うどんで作ったカレーうどんを食している下級国民では、〈政治〉という“言葉”に抱くイメージは、きっと異なるに違いない。

 

 わたしが、〈政治〉にもつイメージは、鎌田 實の『鎌田 實の人生図書館』に出てくるエピソードと同じものである ―― 鎌田の意図・文脈とは別物である。

 「息子さんを自殺で亡くし、絵本に救われたジャーナリストの柳田 邦夫さんと、パートナーである有名な絵本作家・伊勢 英子さんと鎌田の3人で、2011年の東日本大震災の後、福島県南相馬市にある図書館へ行きました。子どもたちに絵本の読み聞かせをするためです。僕たち3人は別々の部屋に入り、子どもたちが訪ねてくるのを待っていました。僕の部屋にも、20人ほどの幼稚園の子供たちがやってきました。僕は、『ぼくをだいて』(はたよしこ作、偕成社)という絵本を読み始めました。(中略)

 絵本の『ぼくは、草や羊、大きな木に抱かれていきます。そして、最後に『おかあさん だいて ぼくをだいて』というページを開いたときに、僕はドキッとしました。

 南相馬市は海に面したまち。津波でたくさんの人が亡くなっています。もしかしたら、この中にもお母さんを亡くした子がいるかもしれないと思ったのです。とっさに僕は自分の話をしました。

 『おじさんはね、小さいころお父さんもお母さんもいなくなってしまったんだ。でも、新しいお父さんとお母さんがやってきて、友達がやさしい言葉をかけてくれたから、僕はこうやって生きることができたんだよ。だから、友だちがさびしがっていたら、ぎゅっとしてあげよう』

 絵本の読み聞かせが終わり、子供たちが帰ろうとする中、ひとりの女の子が僕のほうにやってきました。そして、小さな手で僕の体をハグしました。『ぎゅっしてあげる』」。

 

 「ぎゅっしてあげる」

 国家の成員は、みんな同胞であり、困窮した場合には、国家によって保護されなければならない。