断章488

 日本共産党代表団と朝鮮労働党代表団は、1966年共同声明のなかで、「マルクス・レーニン主義の純潔をまもるために闘争しなくてはならない」(『赤旗』1966/3/24)と主張した ――  “純潔”は、破られるものだ。日本共産党は、マルクス・レーニン主義という“用語”さえ破り捨てた。

 

 では、朝鮮労働党は、どうか? 

 「12月22日、世界に散る北朝鮮の労働者が祖国へ向かい、一斉に大移動をした。正月休みの帰省ではない。国連安全保障理事会が制裁決議によって、『海外に派遣された北朝鮮労働者を本国に送還せよ』と定めた期限がこの日。海外からの送金によるミサイル開発の資金を断つためだ。22日の目前に、慌ただしいロシア極東の街、ウラジオストクで労働者たちを取材した。

 米国務省の報告書によれば、北朝鮮は2018年上半期で世界に約9万人の労働者を送り込んでいた。なかでもロシアとの関係は最も古く、最大時で3万7000人の北朝鮮労働者が働いていたという。かつては伐採工が主流だったが、最近は建設工事やアパートの内装工事、水産加工業などに従事しているという。

 12月20日ウラジオストク空港は、北朝鮮労働者で一杯だった。10月までは毎週月曜日と金曜日の週2便だったウラジオストク平壌便は、11月から徐々に増発が始まった。私が訪れた週は22日の制裁期限を控えた駆け込み期間だったためか、月曜から金曜まで毎日2便が平壌に向けて飛び立っていた。

 100人以上はいた労働者たちは空港内に入るとまず、重量計がある場所にぞろぞろと向かった。みな、5年間とも言われる派遣期間中にため込んだ日用雑貨やコメ、衣類などを残さず持って帰ろうとするからだ。高麗航空が無料としている預け入れ荷物は23キロまで。みな、当然のように重量がオーバーし、そのまま超過料金を支払う窓口に流れていく。

 50人ぐらいの列ができるなか、ロシア人の闇両替商が周囲をうろつく。北朝鮮の労働者と小声でやり取りすると、みなしわくちゃのロシア・ルーブル札を取り出し、1ドル札や5ドル札と交換していく。

 かつては同じ海外派遣労働者だったが、今は脱北して(韓国の)地方都市に住む男性(57)によれば、建設工事で働いて得られる給料は月500~700ドルぐらい。8割が北朝鮮政府に搾取されるため、手元に残るカネはわずかしかない。それでも、ルーブル札がほとんど使えない北朝鮮に戻る前に、少しでもドルに変えようと、労働者たちは闇両替に走る。

 脱北者の男性は、『両替できるのはまだ良い方ですよ。北朝鮮政府と契約した公営企業や農場で働く労働者の場合、給料はすべて素通りして北朝鮮政府に行ってしまう。ロシアにいる間、カネを見たことがないという労働者もいます』と語る。寄宿舎でわずかな食事だけを与えられて、ずっとただ働きさせられるのだという。

 空港の別の場所では、旅券の束を持った男性が、『早くしろ』と他の労働者たちをせき立てていた。脱北者によれば、労働者は脱北の恐れがあるから旅券は持たせてもらえない。旅券携帯の権利があるのは、労働者たちのまとめ役である支配人か、同行している朝鮮労働党秘書、あるいは監視役である秘密警察の国家保衛省幹部のいずれかしかいない。

 脱北者は『最近は、脱北が相次いでいて、支配人や党秘書も逃げる可能性がある。旅券の束を持っていたのは、たぶん国家保衛省の人間でしょう』と語った」(「2020/01/08 フォーブスジャパン・牧野 愛博」の記事を一部引用)。

 これもまた、マルクス・レーニン主義による支配のなれの果てである。

断章487

 「人類は30万年の歴史の大半において極貧だった。暮らしが少し豊かになるたびに人口が増え、結局、1人当たりの生活水準は生存可能なギリギリの線に戻ってしまうからだ。『マルサスの罠』と呼ばれるこの経済的停滞が、ほんの200〜300年前まで人類にとっては当たり前だった」(安田 洋祐・大阪大学教授)。

 その後、商品生産の量的形態である近代資本制的生産は、恐慌・戦争・後退を経ながらも庶民生活を大きく向上させた。

 ところが、すでに“赤色全体主義”のイデオロギーに変貌し、ドグマへと転化したマルクス主義に汚染された“目”で見れば、このファクトをすなおに認めることができない。

 マルクス主義者は、このファクトから目をそむけて、“資本主義”の搾取・収奪・抑圧・差別・疎外・弊害・破局・終焉だけを語っている。

 

 「共産党 ―― 引用者注:そして、“同じコインの裏”である反日共系セクトも ―― では、『イデオロギーの統一』は義務的である。人は単にマルクス主義者になる義務があるばかりでなく、指導部が望み、かつ指定する種類のマルクス主義をとりいれなければならない」(ミロバン・ジラス)。

 「共産党では、『イデオロギーの統一』、つまり世界観や社会発展観について、判を押したようにおなじ考えを抱くことが党員の義務なのである。これは党の上級機関で活動する人たちにだけあてはまる。下級の地位にいる他の人たちは、判を押したようにおなじ思想をおうむがえしに繰り返し、上からの命令を遂行するだけでいい」(同前)。

 

 朝鮮民主主義人民共和国の支配者たちと日本共産党は、このドグマ(歪んだイデオロギー)を信ずる“同志”である ―― 但し、「志を同じくする者」というよりも、同じ仲間、同じ種類の者という意味合いでの“同志”であるが。

 たとえば、1966年、「日本共産党代表団歓迎平壌市民大会」で、日本共産党代表団・宮本 顕治団長は、こう呼びかけた。

「親愛な金 日成同志

 親愛な同志のみなさん、友人のみなさん

 私はまず、われわれ日本共産党代表団にたいするあなた方の兄弟のようなあたたかい歓迎にたいし、深く感謝します。

 私は日本共産党中央委員会を代表して、金 日成同志を先頭とする朝鮮労働党の指導のもとで、国の社会主義建設と防衛のために日夜奮闘しているあなたがたに、熱烈な兄弟のあいさつをおくります。またこの機会に、南半部の解放と祖国の自主的、民主的統一のためにたたかっている南朝鮮の英雄的な人民にたいして、こころからの連帯のあいさつを送ります。

 日本共産党代表団が朝鮮民主主義人民共和国を訪問したのは、今回が4回目であります。私自身は1959年2月の訪問以来、今回で3回目であります。

 われわれ両党は、長い歴史の試練のなかで鍛えられ成長してきた党です。両党は共通の敵にたいする闘争のなかでたがいに支持しあい、戦闘的な友情によって深く結ばれているマルクス・レーニン主義の党であります」と。

断章486

 「愚かな民だと侮ってる …… 誰のために踊らされているのか よく見極めろ♪」(『1789』)。

 

 「日本の有識者や世間の議論の悪いところは、世界でいちばんのものを持ってきて『それに日本が劣る』と騒ぎたて、『日本はダメだ、悪い国だ』と自虐して、批判したことで満足してしまうことだ。社会保障スウェーデンと比較し、イノベーションアメリカと比較し、市場規模は中国と比較する。そりゃあ、さすがに勝ちようがない。(引用者注:環境対策はドイツと比較する?)。

 驚くほどの経済成長、急速な規模的拡大はない。同じものを少しずつ改良しているのだから、ゆっくり持続的に質が上がっていく。この中で、景気が悪くなることもある。農業中心なら、干ばつ、洪水、気候変動であり、農業以外であっても、何らかの好不調はあるだろう。

 そのときに必要なのは、効率化である。苦しいときには、みんなが困らないように、少ないコストで、少ない労働力で、少ないエネルギーで同じものを作る。これは確実に社会に役に立つ。

 日本企業は、こうした点は得意だ。改善と効率化。これが日本企業の真骨頂だ。

 これからは、必需品を、資源制約、人材制約、環境制約の下で、効率的に作る。地道に質を改善していく。人々の地に足のついたニーズに基づいた改良を加えたものを作るために、改善に勤しむ。そういう、持続性のある、いや持続そのものが目的となる『持続目的経済』“eternal economy”の時代が始まりつつあるのである。その中では日本経済は、どこの経済よりも強みを発揮するだろう。

 日本経済、日本社会の長所に気づかず、短所ばかりをあげつらい、他の国を真似て日本の長所を破壊しつつあることだ。それが、有識者がやっていることであり、エコノミストの政策提言であり、多くのビジネススクールで教えていることなのである。

 もう一度、日本経済の長所を捉えなおし、それを活かす社会、経済、社会システムを構築することを目指す必要がある」と、慶應義塾大学大学院准教授・小幡 績は言った。

 

 少しだけ付言すると、苦労知らずのお坊ちゃんで実業知らずの日本「サヨク」大学知識人(たとえば、斉藤 幸平や白井 聡)の言説は、高潔・高尚な動機を装った「ネガティヴ・キャンペーン」の域を出ない現状批判、あるいは、学問の衣を借りて庶民を洗脳しようとするプロパガンダにすぎないのである。

 

 現代日本は、「めちゃくちゃいい」とか「完璧だ」と言うつもりはまったくない。けれども、わたしは、マルクス(主義)の“処方箋”が誤りであることをよ~く知っている。

 庶民を踊らせようとする者は、権力者だけではない。イデオロギーに囚われた歪んだインテリたちも同じ穴の狢(むじな)である。

断章485

 「ロシアによる軍事侵攻を受けているウクライナでの戦闘に参加し戦死した台湾人義勇兵、曽聖光さんの追悼式が、首都キーウで予定されている。軍関係者からは曽さんの死を惜しむ声が上がっている。 曽さんが参加していた部隊の報道官は9日、中央社の取材に応じ、曽さんについて勇敢な戦士だったと語った。他に行き場所がないため戦いに身を投じる人もいる中で、曽さんには明確な動機があったとも振り返った。ロシア軍の女性や子どもに対する残虐な行為を見ていられなくなったからだったという。

 部隊の幹部は、曽さんの遺族と台湾に対し『このような息子がいたことに、最大の敬意を』とフェイスブックに記した。投稿には軍服を着た曽さんの写真が添えられた。曽さんは今月2日、ウクライナ東部ルハンシク州での戦闘中に負傷し出血多量で死亡した。東部・花蓮の台湾原住民(先住民)族アミ族出身で、25歳だった。遺体はウクライナ中部に移された。消息筋によれば、遺族はポーランドに到着したという」(2022/11/10 フォーカス台湾)。

(関連記事)

 「ウクライナで戦死した台湾人義勇兵、曽聖光さんの遺族を支援しようと、台湾在住のウクライナ人らは自発的に寄付金を募り、集まった金額は8日午前までに約12万台湾元(約55万円)に達した。活動に参加するウクライナ人女性は、台湾に対するウクライナ人の感謝を伝えられればと願った。(中略)

 在台ウクライナ人のオーリハ・クリシさんは8日、中央社の取材に対し、曽さんの戦死の知らせに、在台ウクライナ人は衝撃を受けたと明かす。葬儀の手配などに役立ててもらおうと、寄付金を集めることにしたという。クリシさんはいかなる金銭や物も、息子を失った母親の悲しみを埋めることはできないと前置きしつつ、在台ウクライナ人は曽さんの遺族に少しでも力添えしたかったとし、『台湾人の貢献と犠牲に対し、知らないふりはしたくなかった』と話した。

 クリシさんによれば、曽さんの母親と姉、妻の3人は7日、台湾外交部(外務省)の手配の下でウクライナに向けて出発し、すでに現地入りした。戦争による死傷者の数が多く、複数の戦死者の遺体がまとめて運ばれるため、曽さんの遺族はもう一人の外国人義勇兵の遺族と共に遺体の到着を待っているという。クリシさんは、早急に確認手続きが終わり、無事に遺体が台湾に戻れることだろうと語った」(2022/11/08 フォーカス台湾)。

 

 そして、「ロシア軍の侵攻が続くウクライナ東部での戦闘で、日本人義勇兵の男性1人が死亡したことが11日、分かった。ウクライナ軍関係者が日本人の姓名に言及した上で、『われわれの戦友が戦闘中に死亡した』と時事通信に述べた。松野博一官房長官も同日午前の記者会見で、戦闘に参加していた20代の邦人男性が現地時間9日に死亡したと語った。ロシアのウクライナ侵攻による日本人の死者は初めてとみられる。男性はウクライナ東部戦線で反転攻勢作戦に参加した部隊に所属。戦闘中に部隊が攻撃に遭い、命を落とした。ウクライナ軍は家族と連絡を取り、遺体の送還作業に着手している。松野長官によれば、男性の死亡は現地時間10日に確認され、在ウクライナ日本大使館が家族への連絡などの支援を行っている」(2022/11/11 時事コム)。

 

 哀悼の誠を捧げます。

断章484

 「資本主義は危機に瀕し、終焉に向かっているという主張はいつの時代にもあります。

 1929年に発生した世界恐慌で、アメリカをはじめとする資本主義国が、大混乱に陥ると、スターリンソ連の首脳部は、『これこそが資本主義崩壊のはじまりであり、マルクスの予言通り、世界は社会主義へと移行せざるを得ない』とする社会主義の勝利を声高らかに、宣言しました。

 首脳部らの勝利の陶酔をよそに、コンドラチェフは、資本主義が崩壊するというようなことはなく、どのような恐慌も、資本主義特有の景気の変動に過ぎず、資本主義は景気の浮き沈みの波を経て、絶えず再生する、と主張しました。

 コンドラチェフの言うように、資本主義は隆盛と没落のサイクルを繰り返しているに過ぎず、新しい技術革新が新しい資本主義の局面を常に切り開いていきます。資本主義の危機を煽るよりも、資本主義の歴史を冷静に振り返る方がはるかに有益でしょう」(『世界史は99%、経済でつくられる』を再構成)。

 「この見解と並んで、農業生産力の向上や生活消費財生産の拡大を重工業建設より重視すべきとする彼の意見、さらには、ソヴィエト農場の集団経営への彼の批判は、スターリンら首脳部の怒りを買った。

 スターリンは、彼の裁判に強い関心を持った。国際的評価のある著名な経済学者であることで、コンドラチェフは政権に対する脅威と見なされたのである。コンドラチェフは架空の罪を自白することを強いられた。階級敵を意味する『クラーク教授』の名で有罪を宣告されることにより、彼は1932年にスズダリへ流刑となった。1938年、最高潮となった“大粛清”により『10年間外部との文通の権利が無い』という新たな刑の宣告を受けたが、この常套句は死刑宣告のための暗号であり、コンドラチェフは刑が宣告された日に、コムナルカ射撃場で銃殺された」(Wikipediaを再構成)。

 

 コンドラチェフの見解では、「好況期には好景気の年が優位を占め、『景気後退の年の抜きん出た突出』と名付けられた下り坂の局面には、基礎的発明と呼ばれる重要な発見や発明の大多数がなされることである。その局面において、新たな重要な発明が、旧来の技術を圧倒して企業のなかに取り入れられて、次から次へと関連部門に波及して新投資をよび、新しい企業経営や新しい産業が群生的におこることによって、(また次の)景気の長期的上昇がもたらされる」とする。

 であれば、これからの大混乱・大波乱・大変化の数年~十数年の間に ―― その間には、赤色全体主義や黒色全体主義との苛烈な戦いがありそうであるが ―― 、ナノテクノロジー、ライフサイエンス、ビッグデータ、ロボティクス、AIなどがけん引する新たな重要な発明があるのではないだろうか?

 たとえば、具体的には……、

 「研究者たちが、電気と大気中の水分だけを使って水素を生成する方法を発見した。

 これまで水素の生成には液体の水を使用していたが、9月6日発行の英オンライン学術誌『ネイチャー・コミュニケーションズ』に発表された論文によれば、新たな『グリーン水素』は大気中の水分を電気分解することで生成する。この方法を使えば辺境地帯や乾燥地帯にも水素燃料を提供することができる可能性がある」(2022/09/08 ニューズウィーク日本語版、ジェス・トムソン)。

 あるいは、「日本人研究者が発明し、次世代太陽電池の『本命』といわれる『ペロブスカイト型』を国内企業が実用化する動きが進む。欧州や中国の企業に先行を許したが、積水化学工業東芝が2025年以降に量産を始める。得意とする材料技術などを駆使し、弱点だった耐久性や変換効率を高め、従来電池の半額にして市場での巻き返しを狙う。ペロブスカイト型太陽電池は09年に桐蔭横浜大学の宮坂力特任教授が発明した」(2022/09/22 日本経済新聞)。

 また、「安全性や建設費の安さを特徴とする小型モジュール炉(SMR)の導入に世界が動き出した。小型モジュール炉(SMR)は大型化を推し進めてきた従来の発想を転換し、原子力発電所の新たな形を探る技術だ。大規模発電所を主体とした電力供給のあり方を変える可能性を秘め、米新興ニュースケール・パワーなどが新市場開拓に挑む。米欧と対立する中国やロシアはいち早く実用化を進める。気候変動やウクライナ危機で複雑さを増すエネルギー問題を解く有力技術として開発競争が熱を帯びてきた」(2022/08/22 日本経済新聞)。

 超伝導の研究・開発なども進んでいる。

 

 もちろん新発明・新技術の採用・拡大が、単純にバラ色の未来を約束するわけではない。

 たとえば、ユヴァル・ノア・ハラリは、「人類はAIとバイオテクノロジーの双子の革命によって神のような力を持つ。この科学技術の恩恵を享受できるのは一部のエリート層であって、他の大多数は無用者階級として切り捨てられる」(『ホモ・デウス』)と予言する。

 ハラリは言う。「1920年に農業の機械化で解雇された農場労働者は、トラクター製造工場で新しい仕事を見つけられた。1980年に失業した工場労働者は、スーパーマーケットでレジ係として働き始めることができた。そのような転職が可能だったのは、農場から工場へ、工場からスーパーマーケットへという移動には、限られた訓練しか必要なかったからだ。

 だが2050年には、ロボットに仕事を奪われたレジ係や繊維労働者が、癌研究者やドローン操縦士や、人間とAIの銀行業務チームのメンバーとして働き始めることはほぼ不可能だろう。彼らには必要とされる技能がないからだ」と。

断章483

 ユルゲン・コッカが言うように、わたしたち庶民の暮らし向きと〈自由〉は、資本システム(資本制的生産様式)の発展と拡大を基盤として改善されてきた。たとえそれが、資本主義的発展の過程において徐々にしか実現されず、周知の通り、19~20世紀に繰り返した恐慌と戦争によって中断され、かつ諸戦争や独裁のなかで大量の強制労働によって繰り返し逆転されてきたとしても、昔の奴隷制や身分制の軛(くびき)から解放され、過酷で短命だった庶民の暮らし向きは改善され〈自由〉も拡大されたのである。

 資本システム(資本制生産様式)は、経済のエンジンとしては、他のいかなる経済エンジン(旧・ソ連のような官僚計画経済を含む統制経済)よりも格段に優れている ―― 内燃機関蒸気機関よりも優れているように。だから、ソ連は崩壊し、中国は“改革開放”し、軍政各国もやがては民政(自由市場経済)に席をゆずるのである。

 なぜなら、〈飽くなき欲望〉という人間(ヒト)の普遍的本質ともっとも親和的なシステムは、資本システムだからである。

 

 そして、「この数十年というもの、私たちは飢餓と疫病と戦争を首尾よく抑え込んできた。もちろんこの3つの問題は、すっかり解決されたわけではないものの、理解も制御も不可能な自然の脅威ではなくなり、対処可能な課題に変わった」(『ホモ・デウス』、邦訳2018)と思ったのである。

 しかし、長年走りつづけていれば、メンテナンス(ときにはオーバーホール)が必要になるだろうし、故障もするだろう。

 エマニュエル・トッドの新著『我々はどこから来て、今どこにいるのか?』の帯には、「今なぜ世界は大混乱なのか」とある。

 危機は避けがたいようである。わたしたちは否応なく、大混乱・大波乱・大変化の一時代と向き合わなければならないようである。

 

 アメリカの格差と分断は激しく(富裕層は城塞のように警備された街区に住んでいるらしい)、アメリカは“内戦”の危機にあるという人もいる。

 しかし、オバマの賢人こと、ウォーレン・バフェットは、「今から80年前の1942年3月11日、私はシティーズサービスの優先株を3株購入し、初めてその熱意を示した。その時の費用は114.75ドルで、私の貯金をすべてつぎ込む必要があった。その日のダウ平均株価は99ドルであった。決して米国の成長には逆らってはならない」と、泰然と構えている。ちなみに、直近のダウ平均株価は、32,403ドルである。

 

 「悲観主義者はあらゆる機会の中に困難を見いだす。楽観主義者はあらゆる困難の中に機会を見いだす」(チャーチル)。

 

【参考】

 ウォーレン・エドワード・バフェットは、アメリカの投資家、経営者、資産家、慈善家である。世界最大の投資持株会社であるバークシャー・ハサウェイ筆頭株主であり、同社の会長兼CEOを務める。

 バフェットは幼い頃からビジネスを始めていた。祖父からコーラを6本25セントで購入し、それを1本5セントで売ったり、ワシントン・ポストの配達のアルバイト、ゴルフ場のボール拾い、競馬の予想新聞の販売などを行っていた」(Wikipediaから)。

断章482

 苦労知らずのお坊ちゃんで、実業知らずの大学知識人たち(たとえば、斎藤 幸平や白井 聡)は、「脱成長」とか「資本主義からの解放」と、しゃあしゃあと言ってのける。食うに困ったことがないからである。

 わたしは、資本のシステムを、「めちゃくちゃいい」とか「完璧だ」と言うつもりはまったくない。ブルジョワ社会の“底辺”をはいずり回ったからである。

 ナトリウム灯に照らされた深夜の高速道路上で明け方まで道路保全をするような肉体労働で身体を壊し、およそ2年近い闘病生活で、職と貯金の大半を失った。低学歴で病み上がりで中年目前のわたしに、再就職の窓口は狭かった。歩合給の飛び込み営業にチャレンジする前に、アルバイト数種で食いつないだ。

 

 たとえば、キャバレーの客引きをした。ド派手な看板を持って駅頭に立ち、酔客をキャッチして、駅前からちょっと奥まった路地にあるキャバレーまで案内する。日当がいくらだったかは、もう忘れたが、酔客を送り込むたびに3千円の歩合をもらった記憶がある。おかげで、しばらく糊口をしのぐことができたのである。

 キャバレーといえば、福富 太郎であろう。「創業したキャバレーハリウッドは最盛期にFC店を含め、全国に44店舗を構え、キャバレー太郎、キャバレー王の異名をとった。1967年、初の著書『金と女の我が闘争』を刊行。以後、『人生評論家』、『ビジネス評論家』等の肩書で、単著だけで45冊ほど上梓した」(Wikipedia)。本を読めば義理堅い傑物であるとわかる。

 苦労知らずのお坊ちゃんで、実業知らずの大学知識人たち(たとえば、斎藤 幸平や白井 聡)は、ほとんど誰の役にも立っていない。「ど~だ」とばかり、おのれの賢さをひけらかしているだけだ。福富たち、キャバレー業界は、行き場のない多くのシングルマザーやわたしのような立場の者に働き口を提供した。だから、「2018年、86歳で亡くなる。北千住ハリウッドで営まれた『キャバレー葬』はテリー伊藤が司会を務め、喪服禁止の陽気な会で、みのもんたなどの有名人はもちろん、昔ホステスとして務めていた感じの女性など多数が参列した」(Wikipedia)のである。

 

 残念ながら、資本システムにまさる経済エンジンは、まだ片鱗も見せていない。

 共産主義社会主義)があるというのか? 

 旧・ソ連は、すべてが平等という建前だった。しかし、実際は、自由主義国よりも不平等だった(さらに今の中国の酷い“格差”を見よ)。

 「1989年当時のソ連の平均月収は、労働者で157ルーブル、農民で117ルーブルだった。労働者の平均所得の半額となる75ルーブル以下の最貧困層は3,576万人もいた。ソ連貧困層と最貧困層含めた人数は、国民の35%にも達していたという説もある。年金生活者はさらに悲惨だった。年金受給者のうち、半数は50ルーブル以下の最貧困層だった。その一方で、共産党幹部などの富裕層50万人は、月500ルーブル以上の年金をもらっていたという。

 このような格差は、自由競争の結果起きたものではない。経済活動に様々な縛りがあり、自由で公正な競争ができない中で、コネがあるもの、不正を働くものが、豊かになっていったのである」(『お金の流れでわかる世界の歴史』)。

 旧・ソ連中華人民共和国は、マルクス共産主義社会主義)とは、“無縁”だと強弁するのか? ところが、そう強弁する彼らもまた、スターリン主義者の「主要な生産手段の国有化と計画経済」という“処方箋”に代わる“処方箋”を持ち合わせていないのである。

 

 世界市場で貿易しているなら、経済成長に努めている他国をしり目に「脱成長」(斉藤 幸平が言うように)すれば、たちまちシェアを奪われ貧乏国に転落するだろう。

 

【参考】

「キャバレーとは、ホステスと呼ばれる女性従業員が客をもてなす飲食店の一業態で、ダンスフロアを備えていた。第二次世界大戦後に現れ、昭和30年代から40年代に最も流行した。より大衆化した1970年代以降はおさわりなど、お色気サービスを伴う店も登場した」(Wikipedia)。