断章486
「愚かな民だと侮ってる …… 誰のために踊らされているのか よく見極めろ♪」(『1789』)。
「日本の有識者や世間の議論の悪いところは、世界でいちばんのものを持ってきて『それに日本が劣る』と騒ぎたて、『日本はダメだ、悪い国だ』と自虐して、批判したことで満足してしまうことだ。社会保障はスウェーデンと比較し、イノベーションはアメリカと比較し、市場規模は中国と比較する。そりゃあ、さすがに勝ちようがない。(引用者注:環境対策はドイツと比較する?)。
驚くほどの経済成長、急速な規模的拡大はない。同じものを少しずつ改良しているのだから、ゆっくり持続的に質が上がっていく。この中で、景気が悪くなることもある。農業中心なら、干ばつ、洪水、気候変動であり、農業以外であっても、何らかの好不調はあるだろう。
そのときに必要なのは、効率化である。苦しいときには、みんなが困らないように、少ないコストで、少ない労働力で、少ないエネルギーで同じものを作る。これは確実に社会に役に立つ。
日本企業は、こうした点は得意だ。改善と効率化。これが日本企業の真骨頂だ。
これからは、必需品を、資源制約、人材制約、環境制約の下で、効率的に作る。地道に質を改善していく。人々の地に足のついたニーズに基づいた改良を加えたものを作るために、改善に勤しむ。そういう、持続性のある、いや持続そのものが目的となる『持続目的経済』“eternal economy”の時代が始まりつつあるのである。その中では日本経済は、どこの経済よりも強みを発揮するだろう。
日本経済、日本社会の長所に気づかず、短所ばかりをあげつらい、他の国を真似て日本の長所を破壊しつつあることだ。それが、有識者がやっていることであり、エコノミストの政策提言であり、多くのビジネススクールで教えていることなのである。
もう一度、日本経済の長所を捉えなおし、それを活かす社会、経済、社会システムを構築することを目指す必要がある」と、慶應義塾大学大学院准教授・小幡 績は言った。
少しだけ付言すると、苦労知らずのお坊ちゃんで実業知らずの日本「サヨク」大学知識人(たとえば、斉藤 幸平や白井 聡)の言説は、高潔・高尚な動機を装った「ネガティヴ・キャンペーン」の域を出ない現状批判、あるいは、学問の衣を借りて庶民を洗脳しようとするプロパガンダにすぎないのである。
現代日本は、「めちゃくちゃいい」とか「完璧だ」と言うつもりはまったくない。けれども、わたしは、マルクス(主義)の“処方箋”が誤りであることをよ~く知っている。
庶民を踊らせようとする者は、権力者だけではない。イデオロギーに囚われた歪んだインテリたちも同じ穴の狢(むじな)である。