断章297
桐一葉落ちて天下の秋を知る ―― 落葉の早い青桐の葉が一枚落ちるのを見て秋の訪れを察するように、わずかな前兆を見て、その後に起こるであろう大事をいち早く察知することをいう。
アメリカの巨大企業は、ついに「地政学的」な発想での巨額投資に舵を切った。
「半導体受託製造(ファウンドリー)世界最大手の台湾積体電路製造(TSMC)が先行して進めている米国アリゾナ州の先端半導体工場計画が早くも難路にかかる。建設費用が当初想定の数倍に膨れ上がりそうなほか、材料などのサプライチェーン(供給網)構築でも課題山積だ。同社と取引のある日系サプライヤーも多いが、高リスクから米国進出に二の足を踏む可能性がある。
『TSMCのアリゾナはえらい苦労しているようだ。業者から見積もりを取っている段階だが、台湾と比べてとてつもない金額らしい。建設費用だけで6倍だとか』(業界関係者)と米国の建設コスト高騰が直撃する。
TSMCは米アリゾナ州に建設する半導体工場を2021年内に着工し、2024年の稼働を予定。回路線幅が5ナノメートル(ナノは10億分の1)の先端品を製造する。2020年5月に発表した総投資額は120億ドル(約1兆3,000億円)の見込みだった。
米国の人件費は台湾と比べて3割以上高いものの、労働生産性は逆に低いため、数字以上のレイバーコスト高がすでに悩みの種だ。『トランプ前政権に言われて地政学的リスクも含めて進出を決めたのだろうが、あの国に出るのは簡単ではない』(同)と経済合理性に疑問符が付く」(日刊工業新聞)と報じられたのは、つい先日のことである。
にもかかわらず、「米国が半導体産業の復権に向けて動き出した。バイデン政権が国内生産の回帰策を掲げるなか、大手のインテルは約2兆円を投じて新工場を米国に建設する。あわせて他社開発品を量産する受託生産事業にも乗り出す。半導体はデジタル社会を支える中核製品だが、最先端の開発製造ノウハウは生産シェアで勝る台湾と韓国勢に流れがちだ。国をあげた技術覇権の競争が本格化する。
インテルは23日、今後数年間で200億㌦(約2兆1700億円)を投じ、米西部のアリゾナ州に新工場を建設すると発表した。2024年の稼働を目指し、パソコン向けCPU(中央演算処理装置)などに使われる回路線幅が7ナノ(ナノは10億分の1)程度の先端の半導体生産を狙う。同社は7ナノ開発で出遅れており今回は巻き返しに向けた巨額投資となる。
ライバルはその先を行く。今年のトップ3社の設備投資額を比較すると、台湾積体電路製造(TSMC)は280億ドル、韓国サムスン電子もほぼ同額。インテルの投資は約1兆円も少ない。
現在、半導体の生産量と技術力で業界をリードするのがTSMCとサムスン電子だ。受託生産売上高ではTSMCはシェアで5割を超える。微細化でも2社は7ナノより1世代先の5ナノ品を既に量産し、商品投入も昨年から始まっている。TSMCの5ナノ品は昨秋から、米アップルのスマホ『iPhone12』向けに全量供給がスタートした。他社を寄せ付けない大型投資は、技術力を維持して優良顧客をひき付ける最重要の戦略だ」(2021/03/24 日本経済新聞)。
注目すべきは、インテルが決断をした理由のひとつとして、「ゲルシンガーCEOは、『半導体をめぐる環境は大きく変わりつつある。現在ファウンダリーの最先端の製造施設の大部分はアジアにある。このため、業界では地政学的にもっとバランスを取ってほしいという声が増えている』という、今日の世界情勢にあって、非常に印象的な声明を発表した」(笠原 一輝)。
地政学! 危機の時代、「国家の論理」と「資本の論理」は、手を取り合って進むことが明らかである。上記の記事中に日本も日本企業も存在しない。しかし、「桐一葉落ちて天下の秋を知る」。わずかな前兆を見て、その後に起こるであろう大事をいち早く察知することは、日本にとって大切なことである。