断章186

 「ファシズムでは、国家が自らの原理や価値観でもって個々人の意思や思想を律し、型にはめるための権威であるだけでなく、積極的に個々人の意思や思想を広く説き伏せていく強制力をもった機構となる。…ファシストはすべての個人及びあらゆる集団を絶対的な存在である国家のもとに統合する」(ジョヴァンニ・ジェンティーレ、by Wikipedia

 

 中国では、「2017年現在、公有制企業の91.2%、非公有制企業すなわち民営企業の73.1%にすでに党組織が作られている。後者の数字は、過去1年で6.2%上昇している。習近平政権になってから、党グループの活動には写真や筆記記録の提出が求められ、監視役も置かれて、企業に対する党の指導はいっそう強化されている。さらに党は、人々が住むコミュニティー(都市の居民委員会、農村の村民委員会など)でも活動を行っている。日本風に言えば、町内会の99%以上に党組織がある。

 社会のあちこちに張り巡らされる共産党のネットワークにより、中国では政治だけでなく歴史も文学も経済も生活も、全てが中国共産党のリアルな統制下に置かれる。最近まで長く続いてきた『一人っ子政策』は、中国共産党が夫婦生活まで調整していた究極の事例である。歴史の分野を例にとれば、中国共産党は複雑で多様な中国史をかっちり定型化されたストーリーに落とし込み、それを正しい歴史観として人々の脳裏に刻み込む力を持つ。現代中国を理解するカギは、中国共産党の統治体制なのである」(『中国の行動原理』益尾 知佐子)。

―― それは、全体主義と呼ぶべきである。

 

 「中国では教育制度や企業活動にまで共産党の活動が浸透している。街角に並ぶ標語や、歴史の授業、博物館の展示は典型例だ。しかも習近平の治世になってからは、学校や公務員、国有企業などの組織で政治学習が強化され、週に半日程度、習近平思想を学ぶ時間を党員に強制する組織が増えている。民営企業などでも、回数は少ないが同様の活動があり、非党員も動員される。そこでは真剣に学んでいるかの巡視や、機械を使った監視が行われている。恐怖統治である。

 たしかに改革開放以降、中国の生活水準が急激に向上し、一般の人も経済成長の恩恵を受けている。それは中国共産党にとっても、執政党としての誇るべき成果である。しかし他方で、党から距離を置こうとする一般の人々にとってすら、中国の国内政治は決して軽い存在ではない。中国では、国内政治の潮流に逆らったり、疑問を持ったりすると自らが苦しくなる。思考を止めて長いものに巻かれ、カネを稼ぎ生活を楽しみ、党の潮流に流されておくのが最も精神的なコストパフォーマンスがよい。中国で楽に生きるコツは、政治に従順に、愚昧な民になることである」(同前)。

 

 全体主義下のエリートは、こうなる。例えば、「BBCの政治番組に出演した劉暁明(リウ・シアオミン)駐イギリス・中国大使の態度はあまりに不条理だった」(2020/08/04 ニューズウィーク日本語版)

 というのは、「新疆ウイグル自治区ウイグル人が不当に扱われ、検挙される証拠映像を見せられた彼は、平然と『何のことか分からない』と言ってのけ、『いわゆる欧米の諜報機関』の仕立てた『冤罪』だとはねつけた。続いて彼は、新疆ウイグル自治区は中国屈指の美しい場所であると説明し、強制収容所など存在せず、不妊手術を強制する政策などないし、中国はいかなる少数民族も差別していないと断言した。

 視聴者にとっては、自由社会と抑圧的体制との大きな違いを、めったにないほどまざまざと見せつけられた瞬間だった。僕たちの政府だって、口車に乗せたり、軽視したり、誇張したり、ごまかしたりすることはあるかもしれないが、誰の目にも明らかなことをただ否定することなどあり得ない」。

 「今後の対中関係は、冷戦後のお気楽な思い込み ── 世界はよりよい所であり、特に気に入らない国家でもあまり関心を払わぬままビジネスはできるしうまく付き合っていける ── に基づいて進めることはできないかもしれない」(同前)。