断章431

 あらゆる戦争は、虚飾のベールをはぎ、世界の真実を垣間見せる。ウクライナ戦争があばいたことのひとつは、ドイツの問題性である(以前、E・トッドは、「ドイツ帝国」こそが問題なのだ、と言ったことがある)。

 

 今、ドイツでは常軌を逸したようなエネルギー価格の急騰がみられるという。「いうまでもなく、ウクライナでの戦争によりロシアからの輸入がストップするかもしれないという市場の懸念を反映している。ドイツ経済輸出管理局などによると、2020年の統計では、ドイツの天然ガスの55.2%、石炭の48.5%、石油の33.9%がロシア産だ。

 国の要(かなめ)であるエネルギーを、ここまで他国一国に依存するのは明らかな失政で、安全保障上の思考が一切働いていなかったと非難されても仕方がない。ロシアへのガス依存は30%を超えるべきではないということは、それこそ20年も前から言われていた。しかし、メルケル政権は16年間、その不文律を完璧に無視し、粛々と55%まで依存を増やしてしまった」(川口マーン恵美)。

 「こんな国はEUには他にない。なぜ、こうなったかというと、ドイツとロシアがバルト海の海底に敷設した直結パイプライン『ノルドストリーム』が大きく関わっている。2011年に稼働した巨大なパイプラインだが、いわば、これでロシアからドイツへのガスの輸送に弾みがつき、ロシアシェアが鰻登りになったのである。もちろん、この安いガスで、ドイツ経済は繁栄した(ドイツは、石炭の48.5%、石油の33.9%もロシアからの輸入)。

 その後、味をしめたドイツとロシアはノルドストリームの第2弾を建設し、バルト海経由のガス輸入を文字通り倍増させようとした。『ノルドストリーム2』である。ただ、2020年に完成するはずが、トランプ大統領がさまざまな制裁をかけて妨害したので、全長1230kmのうちの最後の140kmを残したまま、建設がストップしてしまった。ところが、バイデン大統領は、2020年5月、就任後、初めてのメルケル首相との会談の後、突然、その制裁を外し、工事継続にゴー・サインを出した。ちなみにメルケル首相は、バイデン大統領の就任当初から、『これで米国に民主主義が戻ってくる』などと、歯の浮くような賛辞でバイデン大統領をヒーローのように持ち上げていた」。

 そこに、ロシアがウクライナに侵攻した。

 「4月3日、駐ベルリンのウクライナ大使アンドリー・メリニクが、『(ドイツの)シュタインマイヤー大統領は、プーチン大統領が仕掛けた蜘蛛の巣に絡めとられている。彼は、プーチン大統領のドイツでの代弁者だ』と批判した。すると、4月4日、ドイツのシュタインマイヤー大統領は、『ロシアからドイツへ直接ガスを輸送するパイプライン、ノルドストリーム2(NS2)の建設に尽力したことは、誤りだった。私は、プーチン大統領の真意を見抜けず、東欧諸国などの警告を受け入れなかった』という声明を出し、対ロシア政策の失敗を認めた。シュタインマイヤー大統領は、2014年にロシアがクリミア半島を併合したにもかかわらず、その4年後にドイツ政府がNS2の建設を許可したのは失敗だったと断言した。

 シュタインマイヤー大統領は、シュレーダー政権の連邦首相府長官、メルケル政権の外務大臣として、ロシアとの緊密な経済関係を構築した責任者の一人である。大統領が、過去の外交政策の誤りを公に認めるのは、極めて異例だ。

 ドイツ・ショルツ政権は、ロシア産原油と石炭の輸入は今年末までに終えられるが、ロシアからのガスの輸入を停止できるのは、2024年の夏になると説明している。だがブチャの虐殺が明るみに出てからは、ウクライナや東欧諸国から『ドイツはいつまでロシアに多額の金を払い続けて、プーチン大統領侵略戦争を間接的に支援するのか』という批判が高まることは確実だ。たとえばリトアニア政府は、『ロシアは、もはや文明国には属さない』として、4月1日をもってロシアからのガスの輸入を停止した。

 ウクライナと東欧諸国は、ドイツ政府に対し『自国経済の安定』と『ウクライナ人の生命』のどちらを重視するのかという問いを突き付けるだろう。ショルツ政権のガス禁輸の決定が一日遅くなるごとに、同盟国のドイツへの信頼は崩れていく。数十年に及ぶ対ロシア政策の失敗は、同国の外交史上最も深刻な『蹉跌』である。この政策破綻は、欧州のリーダー国だったドイツを深い袋小路に追い込みつつあり、出口はいまだに見えない」(以上、新潮社フォーサイト・熊谷 徹の記事を再構成・紹介)。

 

 ドイツは、はなはだしいエコノミック・アニマルである。メルケル前首相は、中国の人権問題に目をつぶって、2005年の就任後に12回も訪中し、同行企業団は競って中国側と大型契約を交わし、最大の貿易相手国になった。

 リベラルたちは、ドイツを「正しい歴史認識と謝罪」のお手本と持ち上げてきた。だが実は、ドイツの「正しい歴史認識と謝罪」は、国家目的 ―― かつてドイツが侵略・占領したヨーロッパ諸国への大量の工業製品輸出(注:ドイツは内需より輸出である) ―― のための手段でもあったことを見逃している。

 ヨーロッパ諸国は、さしあたり実利を取って“謝罪”を受け入れた。しかし、ドイツがさらなるウクライナ軍事支援に難色を示せば、かつてドイツに侵略・占領されたヨーロッパ諸国の古傷がうずいて、ドイツの欺瞞と偽善をあばくに違いない。