断章276

 本当に大切なものは、失ってはじめて気付く。

 

 「1990年代以降に加速したグローバリゼーションのもとで、アメリカは、東アジアその他の新興国に直接投資を行った。情報技術の発達により、会計、コンピューターのプログラミング、建築設計、エンジニアリングといった、かつては国内にとどまっていたサービス産業までもが、電子媒体を通じて海外に移転した。しかも中国やインドには、低賃金でありながら高い技能を持つ労働者が膨大に存在することから、高付加価値な非対人サービスまで、低賃金の新興国で行われるようになった。これらの国々から安価な製品を輸入し、貿易赤字が拡大した。

 一方で、新興国は貿易黒字をため込むが、為替を低めに維持するために米国債を購入し、アメリカ市場に資金を還流する。新興国からの資金が安全資産である米国債を大量に購入したために、アメリカの金融市場はよりリスクの高い資産を選好するようになり、資産バブルが発生する。それに伴って、アメリカはいっそう消費を拡大し、新興国からの輸入を増やすという循環が生じる。その結果は、アメリカの製造業の衰退であった」(中野 剛志 『富国と強兵』から抜粋・再構成)。

 

 なので、アメリカの需要を満たすことのできる製造業は、すでにアメリカ国内から失われ、たとえ中国からの輸入を規制しても、他の後発国からの輸入が増えるだけになっている。

 「アメリカ商務省が5日発表した2020年の貿易統計によると、国際収支ベース(季節調整済み)の物品貿易赤字は9158億ドル(約97兆円)と2年ぶりに過去最大を記録した。

 トランプ前政権が中国に貿易戦争を仕掛けた結果、ベトナムや台湾を経由した輸入が増えている。トランプ前政権は中国からの輸入品の約7割に制裁関税を課したが、貿易赤字削減の効果は乏しい。通関ベース(季節調整前)の対中赤字は18年に過去最大の4192億ドルとなった。20年は3108億ドルまで縮小したが、関税合戦が本格化する前の17年比で2割減にとどまる。制裁対象である電子機器や機械の輸入が減少した。

 一方、中国以外の国に対する赤字が急増している。20年の赤字額は17年比で対ベトナムと対台湾がともに8割増、対メキシコが6割増。中国に拠点を持つ企業が関税を回避しようと生産を移管したほか、中国製の電子部品を第三国で完成品にして米国に送る『迂回(うかい)取引』も増え」(2021/02/06 時事通信)たのである。

 

 「アメリカ経済は、『FTE部門』と『低賃金部門』の2つの経済に分断されている。FTEは『金融(Finance)』『技術(Technology)』『電子工学(Electronics)』であると同時に、『Full-Time Employee(フルタイム雇用)』でもあるという。具体的には、知識産業で働く高給の専門職のことだ。

 一方の低賃金部門は、中西部のラストベルト(錆びついた地帯)にわずかに残った製造業のような衰退産業で、約50%が白人で、他の半分はアフリカ系アメリカ人とラテン系移民がほぼ同数だとされる。貧困というと黒人の問題と思われるが、黒人はアメリカ人口の15%未満で、仮に黒人の全員が低賃金部門で働いていたとしてもその5分の1に満たない。

 アメリカの中間層は1970年に62%だったが、2014年には43%に減っている。中間層が解体して低所得部門が拡大した結果、貧困は白人(プアホワイト)の問題にもなったのだ」(2020/09/18 ZAI・橘 玲)。

 

 アメリカの現況を教訓として、これからの日本の進むべき道を熟慮すべきである。

 本当に大切なものは、失ってはじめて気付く。