断章11

 無名といえば、母方の祖父を思い出す。

 高倉健さんのように寡黙で、刻みたばこを煙管につめて一服するほかは働きつめの百姓だった。好奇心旺盛で、つねに集落で一番に最新の農業機械を導入していた。祖母いわく「村一番の働き者だった」のである。

 文字どおりの「朝は朝星、夜は夜星、昼は梅干しいただいて」だった。

 

 「朝はまだ星が出ているうちから農作業に精を出し、昼は質素にご飯と梅干し、そして夜は星が見えるほど暗くなるまで仕事をするということ」(サナ爺さん)。

 

 山間部だったからか、戦前は食べていくのがやっとで、やっと戦後(農地改革後)になって大百姓として成功したのである。

 

 祖父を思い出す。

 「その人々は誰にも知られず、それとかたちに遺(のこ)ることもしないが、柱を支える土台石のように、いつも蔭にかくれて終ることのない努力に生涯をささげている。・・・いつの時代にもそれを支える土台石となっているのだ」(山本周五郎)。