断章119

 「好むと好まざるとに関係なく、変化はやって来る。・・・歓迎できない変化もあれば、・・・いい面と悪い面の両面を併せ持つ変化もある。米中貿易戦争のように、影響が読みにくい変化もある。世界を景気後退に引きずり込む可能性もあるが、日米同盟の強化につながったり、将来的に中国を好ましい方向に変える要因になったりするかもしれない。

 未来は不透明だが、日本人は楽観していい。理由は2つある。

 第1に、構造的な低成長に悩まされている国は、日本だけではなくなった。

 「Japanification(日本化)」という英単語を検索すると、何万件もヒットする。世界中で超低金利状態が加速していることからも明らかなように、多くの国で成長への期待がしぼんでいる。

 第2に、日本はこれまで数十年にわたり、この状況を経験してきた。低成長時代への心理的対応が既にできていて、新たな対処法も見いだしている。

 少子化の進行でも、世界が日本を追い掛けているようだ。いまヨーロッパには、日本より出生率の低い国が10カ国以上ある。男女平等と手厚い子育て支援で知られる北欧のフィンランドでも、合計特殊出生率は日本と大差ない。

 バングラデシュやネパールなどの貧しい国も、人口の維持に必要な出生率を辛うじて保っているにすぎない。人口減少は世界的な問題になりつつある。

 日本社会で高齢化が進んでいることは事実だが、人々が引退生活を送る年数が増えなければ高齢化は問題でない。日本銀行エコノミスト、関根敏隆によれば、今の日本の高齢者は昔より生物学的に若くなっている。今日の70~74歳の平均的な歩く速度は、10年前の65~69歳と同程度だという研究もある。

 現在、65歳以上の日本人の就業率は約25%。西欧ではこの割合が5%に満たない国もある。日本には80代でエベレスト登頂に成功した人やAV男優として活躍している人もいる。日本は高齢者が元気な国なのだ」と、ピーター・タスカは言った。

 

 では、人口大国、中国は今どうなっているのか。中国の新聞や雑誌、ネットに載ったニュースを手がかりに、今起きている出来事をつかもうとした本がある。『中国 人口減少の真実』(村山 宏・日経プレミアシリーズ419)である。

 

 「1980年前後から厳格に実施され2015年末にようやく幕を閉じた一人っ子政策は、様々な弊害をもたらした。

 例えば、年収の何倍もの罰金を科されるので、生まれてきた子どもの出生届を出さなかったことなどで、この世の中に存在していないことになり、学校にも行けず、身分証明書が無いのであらゆる社会活動から排除される推定1,300万人の『闇っ子』と呼ばれる無戸籍者がいる。

 男女バランスが大きく歪み、男余りが3,000万人ともいわれ、外国人をふくむ若い女性たちが花嫁として農村に売られる事件が相次いでいる。

 子どもの誘拐も後を絶たない。

 あるいは、一人っ子同士が結婚して子どもができれば、祖父母が4人、夫婦が2人、子どもが1人という構成の『421家庭』と呼ばれる家族関係が定着した。甘やかされて育った一人っ子たちは、身の回りのことが自分でできなくなっている。中学校の軍事教練(中国の学校では今でも軍事教練がある)で、3分間でひもを靴に通して結ぶ作業をさせたら、新入生の3割が時間内に結べなかった」(第1章の摘要・再構成)。

 

 「中国では、少数民族一人っ子政策の適用外だった。総人口に占める少数民族の比率は上昇している。1982年のセンサスでは少数民族の全人口が6,730万人、比率は6.68%だった。2010年のセンサスでは人口は1億1,379万人に増え、比率は8.49%に上昇した。『少数民族進城』と呼ばれる、少数民族が仕事を求めて都市部に移住する現象があり、地元民とのあつれきや、少数民族同士の衝突事件が数多く伝えられている」(第2章)。

 

 「中国の宅配便取扱い個数は、2018年に500億個を超えた。テンセントなどのネット通販(IT産業)が急速に発展したのは、大量の低廉な労働力があったからだ。日本では低賃金では配送員が集まらず、配送料金が高止まりする。配送コストが高くなり、ネット通販でも価格は実店舗とそれほど変わらない。その点、中国の都市部には農村から出てきた多くの労働者がいた。中国の配達員の90%以上が現地以外の出稼ぎ労働者で占められているといわれる。貧しさゆえに農村出身者は工場での勤務と同じように、配達業務でも熱心に働いた。朝7時から夜9時まで荷物を抱えて街を走りまわった。現在の日本なら即、ブラック企業の烙印を押され、ますます人が集まらなくなっていただろう。

 それでも、2010年代に入ると急激に賃金が上昇し始めた。中国は2012年頃に『ルイスの転換点』を迎えたといわれる。これはノーベル経済学賞受賞者のW・A・ルイスが唱えた学説で、発展途上国の労働力が過剰から不足へと移行する点を指す。大学進学率の上昇もあり、20歳前後の低廉な労働者の数が少なくなった」(第3章)。

 

 「年金は現役時代の職業によっても大きな差がある。中国社会科学院が2011年8月に福建省アモイで実施した年金調査が格差の実態を物語る。年金の平均額は公務員が5669元、軍人などが2900元、企業従業員が1964元、農民を含むその他の住民が1233元だった。社会主義を掲げる中国の主人公は『工、農、兵』と(労働者、農民、兵士)と呼ばれてきたが、社会保障を見るかぎり公務員(党・政府職員)、兵士、労働者、農民の順で保障が手厚くなっている。

 中国は、計画経済時代と市場経済時代どちらの体制であっても、農民の社会保障、福利厚生を最小限に抑えることで経済成長に邁進してきた」(第4章)。

 

 「中国はすでに中国近海の魚を獲り尽くして遠洋漁業に出るしかなくなっている。例えば、2016年6月アルゼンチン沿岸警備隊はアルゼンチンの排他的経済水域内で違法操業していた中国漁船を撃沈した。2018年には中国漁船に機銃掃射、2019年にも同様に射撃した。

 多くの中国漁船が北海道沖の公海にも現われ、サンマ漁をしている」(第5章)。

 

 「アリババとテンセントはAIによる顔認証システムを実用化し、顔を認識させるだけで決済が完了するシステムの普及に本腰を入れ始めた。中国では買い物の支払いにスマホすら不要になりつつある。中国でこれほどAIの実用化が進んだのは、プライバシーや法治システムなどの概念が弱いことが関連している。中国の街角のいたるところに顔認証システムを採用した監視カメラが設置されている。2020年、中国の監視システム『天網』の監視カメラは、6億2600万台に増えるとされている。

 経済成長が続いて自分と家族が幸せに暮らせるならば、政府の政策に従っていればよいと言う考えは庶民の間で少なくない。

 AIとロボットの発達で、ごく少数のエリートが社会を統治するシステムができるかもしれない。最近はデジタルレーニズム(デジタル技術を使った一党独裁)と呼ばれている」(第6章)。

 

 中国式“社会主義”とは、中国共産党プロパガンダにすぎない。毛沢東主義というスターリン主義(特権的共産党官僚による重化学工業建設を土台とした全体主義)と「農民戦争論」のアマルガムは、その主観主義・主意主義によって中国経済を破壊した。その悲惨な苦境を打開するための「改革開放」で出来上がったものは、中国の特徴を備えた社会主義ではなくて、中国の特徴を備えた資本主義だったのである。