断章5

 わたしは、無名である。有名になったことがない。

 有名になるとどうなるかは、人様に聞くほかないのである。

 

 「有名になったら、もう何もできなくなるのです。有名人になってごらんなさい。朝、起きたら、もう人が来るでしょう。電話がかかる。書類がたくさん集まってくる。付き合いも広くなる。義理も多くなる。結婚式にも行かなけばいかん。葬式にも行かなければいかん。いろんな会合にも出なければならん。朝から晩まで何をしているか訳がわからない。
 『忙しい、忙しい』というのは有名人の口癖です。『忙』という字は“心が亡くなる”ということで、忙しいと本当に心が亡くなる。迂潤になったり、粗忽になったり、もうミスだらけ、エラーだらけになる。だんだん“心が亡くなる”のですから馬鹿になる。
 現代の名士を見たらわかる。そんなことを言うと悪いけれども、名士の中には本当に偉い人は少ないですね。名士になるまでは偉かったのです。立派な名士になることは、立派な馬鹿になることが多い。そうでなければあんなミスが大臣や議員に起こるわけがない。気がつかなかった、失敗であった、というのは馬鹿になっておる証拠」(不詳氏)らしいのである。

 有名になったら、それはそれで大変らしいのである。

 

 だとすれば、無名は無名で、「うまくいかないのは他人のせいだと考えるのではなくて、自分の人生だから自分でなんとかしようと考える。年齢に関係なく柔軟に前向きに学び続け、自分に向いていると思う仕事を頑張り続ける。能力の及ぶ限りひたすらに自分の信じる道を進む」(不詳氏)他ないのである。

 

 「ちゃんと働けば、ちゃんといつか報われる日が来る。報われなければ、働き方が悪いか、働かせる者が悪いんだ。そんなとこはとっとと逃げ出しゃいいんだ。だが、一番悪いのは、人が何とかしてくれると思って生きることじゃ。人は人をアテにする者を助けたりはせん。逆に自分の力を信じて働いていれば、きっと誰かが助けてくれるのだ」「おまえなら、大丈夫だ。だから、もう無理に笑うことはない。謝ることもない。おまえは堂々としてろ。堂々と、ここで生きろ」(NHK「なつぞら」第4話)