断章228
「戦前エリートはなぜ劣化したのか」という問いに対して、日露戦争後に「慢心と油断が生まれた。これが日本という小国のエリートにとって、死活的に重要な感覚を失わせてしまったといってよい。それは、時とともに変わっていくもの、すなわち国家を取り巻く環境の変化を捉える鋭敏な感覚である。日本は周囲の状況に上手に対応して、舵をとって行かなければ、沈没してしまう(引用者注:例えば、食糧さえも自給できていない)。周囲の状況の変化をつぶさに観察し、感じ取る能力が、とりわけ必要とされるのは、そのためであるが、その感覚がおとろえた。では、近代日本にとって、時とともに変化する環境とは、何か? それは今も昔も国際情勢と科学技術である。第3期(引用者注:昭和戦前期の)エリートは、それらに対する鋭敏な感覚を失ってしまった」と、磯田 道史は言う。
蒸気船や蒸気機関車を見て、欧米の先進科学技術を学び取り入れなければ、日本は植民地にされるとの必死の思いは、明治維新後30年ほどでゆるんでしまったのだ。
平成日本のエリートは、戦後日本の安定と繁栄による“慢心と油断”によって、昭和戦前期エリートと「同じ轍(てつ)を踏んだ」。国際情勢と科学技術に対する鋭敏な感覚を失ったのである。
その結果は、第一に、韓国の世界的な「反日」プロパガンダへの反撃の遅れであり、第二に、先端科学技術への立ち遅れである。「20年かけて政府が積み上げて来たIT戦略やITインフラは新型コロナ対策で全く役に立たなかった。まさにデジタル敗戦だ」(平井 卓也デジタル庁大臣)なのである。
しびれを切らして、ついに自ら乗り出した経営者もいる。
「4月3日、京都市内で行われた京都先端科学大学の入学式。日本電産CEOで同大運営法人の理事長である永守重信氏は、既存の大学教育への問題意識と大学改革についての思いを、集まった約2500人の新入生と保護者に訴えた。
京都先端科学大学は4月1日に名称を京都学園大学から変更した。2018年3月に永守氏が大学を運営する学校法人京都学園(現・永守学園)の理事長に就任。100億円を超える私財を投じ、同大の改革を推し進める。
永守氏が大学教育に一石を投じる背景には、今までの大学教育で『期待する人材がまったく出てこなかった』ことがある。永守氏は具体的な不満を次のように例示した。 『(大学を)卒業しても英語も話せない。経済学部を出ているのに、企業の経理に回されても決算書さえ作れない』。
さらに永守氏は『多くの企業家はそんな人材を生み出す今の大学教育に失望している』『今の大学は偏差値とブランド主義に凝り固まっている』などと述べ、大学教育がいかに社会の変化に対応せず名ばかりになっているかを指摘した。
今年度から京都先端科学大学では、学生の実践的な英語力向上のために通信教育大手ベネッセグループ傘下の外国語学校『ベルリッツ・ジャパン』から講師を受け入れる。2020年度には工学部の設置を計画しており、京都市内にある太秦キャンパスでは新学部向けなどの新校舎が建設ラッシュだ。
永守氏はさらに日本電産の主力製品であるモーターについても言及。これからエンジンではなくモーターがさらに必要となる電気自動車時代を見据えて、『日本電産は世界最大のモーターメーカーだが、そのモーターの技術を学べる大学はどこにあるか』と大学の教育カリキュラムが実需に合っていないことも指摘した。設置を計画する工学部でもモーターを学べるカリキュラムを用意する予定だ」。
さらに、「永守重信会長兼CEOは17日、自身が運営法人の理事長を務める京都先端科学大学のビジネススクールについて2022年にも開校する方針を示した。
自身が『塾頭』に就任し、社内外から受講生を受け入れる。技術者出身の経営者を養成する。日本電産の株主総会やその後の記者会見で構想を語った。永守氏は『日本では技術者が経営のことを知らない。技術系の人が将来、社長やCEOになれる経営を教える。“永守起業塾”をつくる』と述べた。場所はJR京都駅前を想定し、仕事を終えた受講生らが帰宅前に学ぶかたちを検討する。
永守氏は1月の講演会でビジネススクールを開設する構想を公表していた。さらに医学部や小学校、中学校、高校を設ける考えも明らかにしている」(2020/06/18 日本経済新聞)。