断章522

 「物理学・化学の世界であれ、地学・生物学の世界であれ、また精神と行動の世界であれ、世界についての真実を認識し直視するときにのみ、われわれは、世界における自らの真の地位を知ることができよう」(ジュリアン・ハクスリー)。

 

 「科学的社会主義」(用語はもっともらしいが、マルクス・レーニン主義の修正版)という“ドグマ”に曇(くも)らされた不破 哲三の目には、1974年頃の世界は、「もっとも発達した社会主義国であるソ連」があり、「いままでに地球上に14の社会主義国が生れた」世界であると見えていた。

 

 ところが、真実のソ連は、「共産党の有力者や彼らと癒着した一部の人々が甘い汁を吸う一方で、庶民は飢えと逮捕や処刑におびえる抑圧的な生活を強いられる世界」(山崎 良兵による『われら生きるもの』の紹介文から)だった。

 「フィリップ・ボブコフ将軍(1925~2019年)は、KGB(引用者注:ソ連秘密警察)の元副議長(1983~1991)を務めた人物。その彼が最近のインタビューで推算したところによると、(ソ連の)すべての地域に約300~500人のKGBエージェントが活動しており、主要な地域では最大1,500~2,000人に達していたという。

 こうした状況で、体制に異を唱えたり反抗したりした人間には、刑務所と強制収容所(グラーグ)が待っていた。恐るべき強制収容所(グラーグ)のシステムは、・・・1950年代の初めには実に250万人にのぼっていた」(出典:ロシア・ビヨンド)。

 

 かかる特権的赤色党官僚による全体主義支配(官僚指令経済)に比べれば、“資本主義”はよほどマシである。けれども、それは万全ではないし盤石でもない。

 繰り返した“産業恐慌”、繰り返す“金融恐慌”、長く続く“スタグフレーション”。さらに、これから推進されるAIやロボット化による大きな産業再編(おそらくそれは労働者の大量解雇をともなうだろう)の襲来の予感。

 「ところが、社会主義志向が強い学者や介入主義者ほど、この循環して起きる『非効率的な生産者と無礼な投機家の一統を一掃する』(引用者注:大混乱・大波乱・大変化の)期間を不公平とみなし、しかも『市場経済と資本主義体制の欠陥』とみなしたがる。

 また、権力に取りつかれた政治家やエリート御用学者は、財政・金融政策で経済と資産市場を支援しようとする。循環して起きる経済・金融危機(大混乱・大波乱・大変化)の期間に乗じて、自分たちの権利と権限をさらに強くするためだ。

 しかし、よく考えてみると、政府がある分野、ある企業、または人々の所得に助成金を支給するたびに、それらが政府の介入にますます依存し、脆弱になっていることに気づく。

 人々を政府に依存させる方法の好例が基本所得保障(ベーシックインカム)によるバラマキだ。人々は基本所得保障を受け取ることに慣れたとたん、こうした給付金を支払う政府の意欲と能力に、またさらに依存するようになるだろう」(マーク・ファーバー)。

 

 自分たちの権利と権限をさらに強くするための、既得権益をもつ者たちにおもねるためのバラマキ政治でも、パンとサーカスを提供できるあいだは、まだ何とかなるだろう。

 だがもし、もはやバラマキの原資が尽きたときには、カーキ色(迷彩服)軍事独裁(注:ビルマのような)と赤色全体主義(すべてを資本主義体制の欠陥のせいにする)と黒色全体主義による、生存のためのリソースをめぐる三つどもえの血なまぐさい争いが始まるだろう。