断章467

 今はどういう時代で、これから先どうなるのだろうか? 

 

 「左翼」インテリには酷評されるけれども、いつの間にか世界の主な国々の社会生活の基礎になっている“資本主義”。インテリのジジイ・ババアには嫌われているが、「私らしく自由に生きることができることは素晴らしい」と娘たちには好まれている“資本主義”。

 では、“資本主義”以前の世界は、どんな世界だったのだろうか? 

 「1754年、ロンドンのチェルシー地区に住んでいた19歳のジョアン・ランボールドはジョン・フィリップスに出会った。3年後、フィリップスの後身ごもったジョアンは、淋病を患ったうえに彼に捨てられた。他に頼るところもなかった彼女は、収容施設に入れられた。仕事が見つかり、ジョンは近くのブロンプトンへと送られたが、息子のジョン・ ジュニアは施設にとどまり、2年後に死んだ。捨てられる女や子供の姿といった悲劇は、当時は珍しくなかった

 ……このような話はごくふつうにあることだった。人間の歴史の始まりからあったことだ。当時、あるいはそれ以前には、ヨーロッパ中そして世界中の何百万、何千万人もの少女たちが同じような目にあっていたはずだ。

 ……歴史的に見れば、ついこの間まで人生は悲惨で残酷で短かった。工業化以前の社会については、食料、住居、誕生と死、そして無知、衛生や健康という概念の欠如と、どのような面から説明してみても、現在の読者にとっては衝撃的だろう。たとえばスペインのワイン生産が盛んな地域の農家では、収穫期には家族総動員で仕事をするため、幼い子の母親も子どもたちを『お腹が空いて泣いいても、オムツが濡れたまま放っておいた』。放置された子どもは、家の中に入り込んできたニワトリに目を突かれたり、ブタに手をかじられたり、火の中に転げ落ちたりした。戸口に無造作に置かれたたらいの水で溺れることもあった。18世紀にスペインで生まれた子の四分の一から三分の一が、一歳の誕生日を迎える前に死んだのも不思議ではない。ピレネー山脈の向こう側のフランスでも、人口の大半を占めていた平均的な農民の生活は似たり寄ったりだった」(『人口で語る世界史』)。

 それは、「貧しくて無慈悲で福祉もなく変化も望めなかった」(同上)時代だった。「昔ののどかな田園生活を称える物語は、工業化以前の生活の実態を忘れてしまうほど都会化された社会でしか通用しない」(同上)のである。

 

 産業革命から後、A国が先んじて近代化(産業化)すれば、B国は「追いつき追い越せ」と、がむしゃらに近代化(工業化)する。なぜなら、「ブルジョワジーは、あらゆる国民に、滅亡したくなければブルジョワ的生産様式をとりいれるように強制する」(マルクス)。

 覇権を競えば、戦争にもなる。近現代の戦争は「総力戦」だ。工業力を強化し人口を増やし新兵器を使えるように、公教育・公衆衛生にも力を入れた。

 その結果、「19世紀・20世紀の目に見える形での成長が常態化した社会をもたらしました。……それは技術・生産力の面で進歩しただけでなく、人々の移動の自由や職業選択の自由などを拡張することで、欲望を充足する個々の活動も前近代に比べるならば、はるかに制約の少ない仕方で営まれるようになりました。

 そうした自由が近代にはほぼ確立したとするなら、現代は、そうした自由を付与しても欲望を十全に充足できない者(「弱く劣った個人」)でも欲望を追求できる方向に誘導する諸種の制度・運動・政策が採用されて、欲望は単に制約から解放されただけでなく、人為的・社会的に維持され、また創出されるようにすらなりました」(小野塚、2018)。

 

 しかし、1万2千年前と比べるなら、地球上の総人口は現在およそ2千倍に増えている。600年前と比べても20倍に増えている。この世界システム、この経済システムは、「この先、大丈夫なのか?」という問いが出ても不思議ではないのである。

 だから、また確認しておこう。「いま、もし、資本主義社会は最適の社会ではないと考えるのなら、まず第1に、かつてマルクスエンゲルスが19世紀中葉の資本主義社会を論じたのと同程度に透徹した仕方で、21世紀の資本主義を、そこに含まれている問題や矛盾とともに捉え直し、その上で、第2に、資本主義とは異なる理想(ないし資本主義のよりましなあり方)を明晰に提示し、第3に、現状からそこにいたる変革の戦略を実際的に示すという3つのこと(これまでの社会主義者共産主義者も達成できなかったこと)をしなければならない」(同上)のである。

 

 先の見えない時代、困難な時代は、まず基本に戻ろう。天気予報が雨なら、傘を持って出かけよう。国は、〈富国強兵〉〈殖産興業〉に邁進する。企業は、〈イノベーション〉〈マーケティング〉を推進し、倒産しないように経営を〈マネジメント〉する。個人は、さまざまなスキルを学び、失業にも耐えうる生計的自立、さらには独立自営、できれば協同組合や株式会社への出資も視野に入れた〈勤倹力行〉〈創意工夫〉に努めよう。