断章358

 「いかなるものに突き動かされているのかを知ることによって、人は初めて自由になれる」(E・トッド)。それは、“飽くなき欲望”である。

 但し、「左翼」インテリのように、この“飽くなき欲望”を、あたかも道学者(注:道徳にとらわれ、世事人情にうとく融通のきかない学者を軽蔑していう語)よろしく眉をしかめて否定することは誤りである。

 というのは、この“飽くなき欲望”は、生物としての、生存と生殖に対する“飽くなき欲望”に根拠をおく、人間(ヒト)の普遍本質だからである。問題は、この“際限のない飽くなき欲望”という奔馬の御し方にある。もちろん、お祈りや只管打坐(しかんたざ)、あるいはプロレタリア社会主義革命なるものが、役に立ったためしは無い。

 

 世界的な資産バブルあるいは中国の不動産バブルへの警鐘は、鳴らされ続けてきた(ヒトの“飽くなき欲望”の象徴としても語られてきた)。しかし、それを横目にバブルは膨らみ続けてきた(何しろ余った金の運用先は限られているのだ)。

 しかし、ここ最近のマーケットは、きな臭い。というのは、アメリカのマーケットが、連日、急騰・急落しているのである。これは、いわゆる末期の「天井波乱」なのか? これはバブル崩壊の序曲なのか?

 

 「名実ともに10月相場入りとなった東京市場だが、日経平均は大きく売り叩かれ2万9000円台も一気に割り込んだ。1日の東京株式市場は、日経平均が一時700円を超える下げに見舞われ、嵐のなかでのスタートを余儀なくされた。前日の米国株市場ではNYダウが546ドル安に売り込まれたが、週前半にもダウは570ドル弱の下げをみせており前途多難の10月相場を想起させていた。

 9月29日に東京市場は大きくバランスを崩し、日経平均は639円安で3万円大台から転げ落ちた。そしてリバウンドに転じることもなく、1日は下げ足を再び加速させ早くも“次の道標”である2万9000円ラインをも大きく割り込んだ。大引けは前日比681円安の2万8771円で着地。9月14日に3万670円と31年ぶりの高値をつけたばかりだが、そこから2週間余りで2000円近くも水準を切り下げる羽目となった。

 米国では新型コロナウイルス感染拡大による経済活動への影響を警戒するステージから、今はインフレ襲来を警戒するステージへと既に舞台は大きく回っている。FRBを筆頭に世界の中央銀行による超緩和的政策によって生み出された過剰流動性、そして世界中が挙(こぞ)って脱炭素化への取り組みを加速させたこと、この2つが資源価格の押し上げ要因となりコストプッシュインフレをもたらした。更にサプライチェーンの混乱という供給側の都合で商品の品薄感が価格に転嫁される事態に陥った。一方、コロナ禍で雇用については回復がままならない状況下にある。これが需要なき価格上昇、いわゆるスタグフレーションに対する恐怖と化して米国株市場に覆いかぶさっている。(中略)

 そして、この米国リスク以上に投資家の不安心理を揺さぶっているのが中国リスクだ。中国不動産大手・恒大集団の債務不履行から破綻に至るとの懸念については、くすぶっているというレベルではなく発火寸前の状態にある。今週9月29日には恒大傘下の地方銀行である盛京銀行の一部株式を日本円にして約1700億円相当で売却、買い取り先は政府系国有企業で実質的な中国当局の救済にも見えるが、恒大の負債総額は33兆円あまりとされ、この保有株売却が経営危機回避につながる光明となるとはとても思えない状況だ」(株探トップニュースを抜粋)という。

 

 「予兆は確かにあった。だが、誰もが軽く見ていた。スイス運用大手のピクテ・アセット・マネジメント。7月末のグローバル会議の直前、『中国が学習塾の新規上場を禁止する』と伝わった。

 市場経済からの転換ともとれる動きに、中国への投資を巡る議論が白熱。『上海株は中国の個人が多く保有する。株安で困るようなことはしないはず』『いや、これは経済の構造転換だ』。このとき、結論は出なかった。

 9月中旬に不動産大手の中国恒大集団の経営危機が表面化。直後の会議でも中国の投資環境を議論した。『長期的に中国の成長率が下がる可能性を市場は過小評価している』。ピクテ日本法人の松元浩グローバル資産運用部長はこんな感想を抱く。

 株高の局面が転機に差しかかっている。9月の米連邦公開市場委員会FOMC)で金融政策正常化の道筋が示されたことで米長期金利が上昇。9月のダウ工業株30種平均は月間で4.3%安と、下落率は20年10月以来11カ月ぶりの大きさだ。不安定なマーケットの起点は中国発の問題だ。

 『灰色のサイに備えねばならない』。中国の習近平(シー・ジンピン)国家主席はたびたび発言してきた。存在するが軽視されがちなリスクを指す灰色のサイの例えには、不確実な世界経済のなかで中国が成長するために細心の注意を払うべきという意味が込められていたはず。だが、厳しい規制で、おとなしいはずのサイが動き始め、世界の投資家は身構えている。

 習指導部は広がる格差に対する国民の不満を抑えるため、社会全体で豊かになる『共同富裕』の目標を掲げ、様々な業種をやり玉に挙げる。その1つが不動産だ。価格上昇が続き、日本のバブル期にも似た『土地神話』が出来上がった。困るのは一般市民だ。東京財団の柯隆主席研究員は『結婚のためにはどんなに高くても家を持たざるを得ない。市民の生計はギリギリ』と語る。(中略)

 大手IT(情報技術)企業への締め付けも強まる。アリババ集団は9月、2025年までに1000億元(約1兆7000億円)を投じ『共同富裕』を支援する方針を示した。巨額の収益を株主ではなく国家に還元するのは民間の上場企業の論理を逸脱している。(中略)

 SMBC日興証券などでエコノミストを歴任したAISキャピタルの代表パートナー、肖敏捷氏は『中国では政治が経済に優先する。〈経済に大ダメージとなることはさすがにしないだろう〉という考えは通用しない』と警鐘を鳴らす。(中略)

 社会全体で豊かになろうという『共同富裕』の考え方は、階級格差が存在しないはずの社会主義の核となる概念だ。だが、この目標を掲げた毛沢東文化大革命で社会を混乱させた。(中略)

 中国の経済成長を支えた『改革開放』路線は、格差を広げる副作用ももたらした。李克強(リー・クォーチャン)首相は昨年、中国の人口の4割にあたる6億人が月収1000元(約1万7000円)で生活していると明らかにした。半面、中国恒大集団の創業者、許家印氏や、アリババ創業者のジャック・マー氏などの富豪も目立つようになった。クレディ・スイスによれば、不平等の度合いを示す中国のジニ係数は70.4と、過去20年で10㌽拡大。拡大幅は調査対象の主要国の中で最大だ」(2021/10/02 日本経済新聞日経ヴェリタス2021年10月3日号からの転載の引用・紹介)。