断章341

 「定住生活は、自然環境の大変化に応じた適応形態として出現するのであるが、同時に、それを可能にした人類史的な前提条件として、定置漁具による漁撈やデンプン質ナッツの大量獲得・大量貯蔵の技術的発達がある。

 遊動狩猟採集民が、明日の食料について心配しないのは、自然の恵みを確信しているからである。遊動狩猟採集民は、自然資源に『寄生』して生きている人々ともいえる。

 一方、定住生活者が採用した生計戦略の性質を見れば、自然や労働、あるいは時間に対する認識の仕方にも、大きな変化の生じたことが予想できる。定置漁具の製作に多くの労力と時間を費やし、数カ月後までを予想して食料の貯蔵や加工に手間をかけ、そのために少なくとも、一、二ヶ月の間、激しい労働の連続に耐えることなどは、その日の食料だけを考える遊動狩猟採集民の行動原則とは大きく異なるものである。

 食料を蓄える行為は、いわば、自然に対するまったき信頼を放棄することに他ならない。自然に対するこの不信は、食料を蓄える多忙な労働によって打ち消される。

 魚網を編み、ナッツを大量に拾い、加工するなど、単純な作業の反復を重ねて、自然が制御されるのである。定住生活者に予想しうる自然や労働に対するこうした認識のあり方は、森を拓き、土を掘り、水の流れを変える農耕民のそれと大きく共通するところがあるだろう。

 人間が定住すれば、村の周囲の環境は、人間の影響を長期にわたって受け続けることになる。村の近くの森は、薪や建築材のための伐採によって破壊され続け、そこには、開けた明るい場所を好む陽生植物が繁茂して、もとの森とは異なる植生へと変化する。定住者は、自然としての環境ではなく、人間の影響によって改変された環境にとり囲まれることになるのである。

 日本の縄文時代の村には、こうして生じた二次植生中に、彼らの主要な食料であったクリやクルミはえていたし、ヨーロッパの中石器時代にはハシバミが増加し、西アジアの森林植生中には、コムギやオオムギ、ハシバミ、アーモンドが増加する。これらの植物は、いずれも、伐採後の明るい場所に好んではえる陽生植物であり、しかも、食料として高い価値を持っている。人間の影響下に生長してきた植物を、人間が利用するのである。生態学的な表現をすれば、これは明らかに共生関係であり、人文学的にいえば、栽培や農耕にほかならない」(『人類史のなかの定住革命』を抜粋・再構成)。