断章330

 現生人類の誕生や移動については、まだまだ新発見と研究が継続中である。

 さしあたり、「あなたとわたしはチンパンジーのような生き物の子孫であり、その生き物は6~700万年前に熱帯雨林を離れてサバンナに移り住んだ」(ヒッペル2019)。

なぜ移り住んだのか?

 ある人はチンパンジーたちに負けて熱帯雨林を追い出されたのだと言い、別のある人は勢力拡大のために自ら積極的にサバンナに進出したのだと言う(エデンの園から追放されたからだと言う人はいない)。

 初期のヒト族(ホミニン)の身体は小さく、「かつて東アフリカを闊歩していたライオン、ヒョウ、剣歯虎のようなネコ科の大型食肉獣にとっては恰好の餌食となる」(同前)。

 そんな彼らがどうやって生き延びたのだろうか?

 ヒッペルは、「サバンナに生息するチンパンジーやヒヒの研究から得られたデータによって、人間の祖先がサバンナで生き残れたのは“用心深さ”のたまものだった可能性が高いことは明らかだ」。さらに、「彼らは石を投げていたのではないか? 集団でたくさんの石を投げることができれば、とりわけ効果的だったはずだ」という。

 ヒッペルは、これを「石投げ仮説」と呼ぶ。ヒッペルは、「歴史的な記録もまた投擲が驚くほど有効だったことを指し示している。ヨーロッパの探検家と先住民の間の遭遇については数多くの記録が残っているが、その後に起きた紛争のなかで先住民たちが用いた武器は石だけだったという。ヨーロッパの探検家たちの多くは鉄砲や甲冑を駆使して戦いに挑んだが、たびたび負けるどころか、惨敗することさえあった」として、人類学者のバーバラ・アイザックの論文で引用された3つの歴史的説明を掲示している。そして、「この石投げ戦略を成功に導くためには“協力”がカギとなる」というのである。

 

 「ホモ・エレクトスはゾウのような大型動物やウマのような俊敏な動物をうまく狩っていたと考えられ、その過程で彼らが分業を利用していた可能性はきわめて高い。(中略)

 イスラエルガリラヤ湖の北のヨルダン川沿いにあるゾウの解体現場の発掘では、一頭のゾウの死骸のまわりで9本の手斧が見つかった。さらに、木枝をテコとして使ってゾウの頭蓋骨を上下逆さまにひっくり返し、脳(貴重な脂肪源)を取りだしていた形跡があった。

 背骨から頭蓋骨を切り離して裏返すためには、数人のホモ・エレクトスが一緒に作業し、不規則な形の重い頭の動きをコントロールする必要があった。もし木枝が実際にテコとして使われていたとすれば、ホモ・エレクトスが数人でテコを押し、別の数人がバランスをとりながら頭をまわしていたことはほぼ間違いない。

 すぐれた意思疎通と協力体制がなければ、この作業がうまくいく可能性はゼロに近い。同じ発掘現場では、木の実を割るための場所、石を削るための場所、貝を処理するための場所の痕跡も見つかった。現代にたとえれば、担当ごとに屋台を設置するかのごとく、それぞれの作業は異なる場所にきっちり割り振られていたというわけだ。(中略)

 分業によって人類に新たな黄金時代が訪れた。共同活動による成果は、個人による努力の合計よりもはるかに大きなものだった。分業は集団に『創発特性』(個々から構成された全体が個々には見られない特性を持つこと)をもたらし、そのことが集団をかつてないほど効率的かつ強力にした」と、ヒッペルは言う。

 

 人間(ヒト)は、生き延びるために“協力”した。横取りするために“協力”した(横取りした美味い肉にありついて味を占めたに違いない)。獲物を狩るために“協力”した。やがては、異なる別の(ヒト)集団と戦うために“協力”する。