断章328

 「我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへ行くのか」という問いは、単に“教養”を増やすためのものではない。

 「人間の本性と限界を冷静に見据えたうえで、可能な限りにおいて改革と正義の実現をめざす」実践のためである。

 

 「ホモ・サピエンスの出アフリカの年代については10万年前、7万年前、5万年前などの仮説があるが、現代人の系譜へとつながるユーラシア全土への本格的な拡散がはじまったのは、5万年前以降の後期旧石器時代である。そのとき、アジアやヨーロッパの中~低緯度地域には多様な原人や旧人の先住者がいたわけだが、なぜかこの時期にその大多数は姿を消した。

 出アフリカを果たしたホモ・サピエンスは、瞬く間に原人や旧人の分布域全体へ広がり、さらにその先の無人の領域へと足を踏み入れた。

 アフリカを出発したホモ・サピエンスを待っていたのは、全地球の寒冷化、すなわち最終氷期である。この氷期は11万年前~1万年前まで続き、高緯度地域はほぼ氷床に覆われていた。すなわち、ヒトの拡散はその過酷な寒冷環境においても続いたことを意味し、その過程において寒冷適応は必須であった。火や毛皮などの衣類による対応にも限度があったと考えられ、さらに狩猟採集の不安定な食料状況の中、ヒトは多様な適応戦略で寒冷適応を獲得した。

 例えば、地球上でもっとも寒冷な地域に居住する、亜北極地帯のイヌイットを中心とした集団は、積極的に産熱(エネルギー代謝に依存する反応)を亢進させることで体温を維持する代謝型適応を獲得した。彼らは、狩猟により得られたアザラシなどの脂質が豊富な肉を、ときには生で食べる食生活により、そのエネルギー源を確保している。植物の育たない亜北極地帯での肉の生食は、ビタミンを補給することでもきわめて重要である。さらにエネルギー代謝を高める働きをもつ甲状腺ホルモンの数値がきわめて高いことが報告されている。彼らは厚い毛皮をまとい、保温性の高い住居に住んでいるが、狩猟の際は数日あるいはそれ以上の期間を外で過ごしていたことから、体温を維持するため、あるいは凍傷にならないように産熱をする必要があったと考えられる。

 ホモ・サピエンスという種が自分の進化したのとは異なる環境で生存できたのは、新しい環境で小進化によって獲得したいくらかの生物学的適応能力と、創意工夫により獲得した強力な文化的適応能力によるものである」(『人間の本質にせまる科学 ―― 自然人類学の挑戦』を抜粋・再構成)。

 そして今。「国連の推計によれば、2019年の世界の人口は77億人である。その増加率は鈍化してきているとはいえ今後もプラスが続くと予想され、2050年には97億人に達する見込みという」(同前)。