断章325

 人間(ヒト)の際限のない欲望は、生命の領域では「不老不死」や「クローン人間」の研究へと進んでいる。

 間もなく、「子どもの数だけでなく、性別から病気への抵抗性まで、さまざまな特徴を計画的に決められるようになっていくだろう。多くの人が、そのような干渉に疑問を抱くのは当然だ。しかし、もし遺伝子を変化させることによって、あなたの子どもを、ガンやアルツハイマー病や、あなたの家系に発生している何かしらの病気から守れるならどうだろうかと想像してほしい。病気を予防することから、子どもの知能を高めたり鼻の形を変えたりすることへは、ほんのひとまたぎにすぎない。次世代の遺伝的構成へのこうした直接的な干渉  ―― 単なる人為的選択ではなく「人為的変異」 ―― は、数十、数百、あるいは数千世代先まで話を進めると、劇的な変化をもたらす可能性がある。私たちは、自分たち自身の進化を形作る力を次第に獲得しつつあり、最終的にはそれを用いて、より大いなる心の力を獲得するかもしれない。(中略)

 20世紀に人間の知能検査の成績は、10年ごとに平均で3%向上してきた。一部の証拠によれば、脳の大きさは、過去1万年の傾向に反して、過去150年でわずかに増加した可能性がある。私たちはより栄養のある食物を摂り、より刺激的な教育を受けている。それに、シナリオを構築する心を、これまで以上に精密な機械や洗練された技術で強化しており、それによって世界をますます強力な方法で測定し、モデル化し、制御することができるようになっている。インターネットなどの電子的ネットワークを通じて、私たちは何百万人もの人の心を結び、文化の蓄積を爆発的に増大させている。ほとんどの質問に対する答えは、わずか数クリックで得られる。科学の進展は加速しており、その結果として蓄積する一方の知識が、人間の知能の生物学的、電子的、化学的な向上への門戸を開くだろう。その兆しはすでに見えている。私たちはかつてないほど利口になりつつある」と、トーマス・ズデンドルフは、『現実を生きるサル 空想を語るヒト』で言う。

 

 しかし、これは人間(ヒト)と知能に対するリアリズムの欠如(安易な楽観)ではないのか?

 米国・ケネディー政権を支えた優秀なスタッフたち(一流大学を優秀な成績で卒業したエリート集団)でさえ、自分たちの集団の知能・知性を過大評価 ―― われわれはエリート集団だ。間違えるはずがない ―― して、「キューバ侵攻作戦」を実行して大失敗したという集団浅慮(グループシンク)のワナはさておき、例えば、「大王製紙事件」の井川 意高を見てみよう。彼は、筑波大学附属駒場中学校・高等学校を経て、東京大学法学部を卒業し、創業家経営者として大王製紙を経営していた。

 ところが、「個人的な金融取引で多大な損失を出した後、たまたま訪れたカジノで儲けたことで、深みにはまった」(弁護士を通じて発した文書から)。その結果、カジノでの賭け金のために子会社から多額の資金を引き出し、それを横領する形で私的に流用したことで、会社に損害を与えた事件である。知能は申し分無いはずであるが、個人的な金融取引では多大な損失を出し、ビギナーズ・ラックでパチンコ依存症になる一般ピープルのような形でカジノにのめり込んでいる。

 あるいは、佐世保少女殺害事件の加害少女を見てみよう。「加害者は佐世保市内で育つ。実家は坂道をのぼった高台にある。不動産登記簿によれば、宅地面積は約80坪。地上2階、地下1階の鉄筋コンクリート造りの建物は、延べ床面積が300平方メートルを越える豪邸である。父親は、早稲田大学政治経済学部を卒業、県内最大手の法律事務所を経営しており、佐世保では有名な弁護士だった。母親は、東京大学を卒業、地元放送局に勤め、市の教育委員を務め、教育活動に熱心だった。高学歴家庭で、勉強のできる少女だった」(Wikipediaを再構成)。知能には問題がなかったはずである。だが、事件を起こした。

 

 一方。「IQ69以下の知的障害には該当しないが、一定の支援が必要なIQ70~84の『境界知能』や、何かしらの課題があるけれどはっきりした原因や状態がわかりにくい『グレーゾーン』と位置づけられる子どもたちが、35名のクラスに約5人いる。日本人の7人に1人の割合」で存在するという。

 思い起こせば、労働現場には、こんなオジサンが一人はいたものだ。普通に家庭をもっており、町内会の役などもしている。ところが、職場で提出する「作業日報」は、句読点などが無い「判じ物」で、読むのに苦労する。新しい作業機械の操作は飲み込みが悪くて、若い衆から「あ~、おっちゃん。それはええから、こっちやっといて~な~」と脇に除けられる。

 学者先生たちは、このような“生きた現実”に無知なのだ。