断章303

 戦争は発明の母、という。戦争のために開発された新技術が民生転用されて広範に利用されるようになった物は、星の数ほどある。例えば、あなたが「チンしてください」とお願いする電子レンジの原理も、「軍事用レーダー」の実験で偶然見つかったことから始まっている。毎日の料理に欠かせないサランラップもそうである。

 戦後の経済・社会生活の再建において必要とされた大量生産は、これらの新技術・新商品の登場によって一段と加速された。

 ナショナル(現パナソニック)の創業者、松下 幸之助の「水道哲学は、水道の水のように低価格で良質なものを大量供給することにより、物価を低廉にし消費者の手に容易に行き渡るようにしようという思想である」(WIKI)。それは、戦後日本が恵まれた有利な諸条件による復興・高度経済成長と、こうした新技術・新商品の採用により花開いた。

 大量生産は、企業を大きく成長させ、テクノロジスト、エンジニアなどの専門家や巨大工場で働く従業員を必要とした。その結果、中間階層が厚みを増し、豊かになり、彼らが大量消費するという好循環になった。

 

 日本はアメリカを模倣してキャッチアップした。日本の成長パターンは、識字率外資導入などの諸条件が整えば、後進国(例えば、中国)にも模倣できるものだった。しかも、後進であったがゆえに、「リープフロッグ」(カエル跳び)が起きた。

 野口 悠紀雄の見解はこうだ。「カエルが跳躍して何かを飛び越えるように、それまで遅れていた国が、ある時、急激に発展し、先を行く国を飛び越えて、世界の先頭に躍り出る。そして世界を牽引するのです。〈中略〉

 後進国の目覚ましい発展の背景を調べると、そのほとんどがリープフロッグで説明できるのです。『遅れていたことを逆手に取った』ということができますし、『失敗したから成功した』ということもできます。歴史を見ると、こうしたケースが数多く見られます。

 19世紀末から20世紀初めの第2次産業革命に、少し遅れて、日本も加わりました。日本の国家体制は明治維新で大きく変わりました。これがその当時の中国との大きな違いです。そして工業化に成功し、欧米列強と肩を並べるまでになったのです。ただし、これは、『リープフロッグ』というよりは、『キャッチアップ』というのが適切なプロセスでした。

 先進国ですでに導入されている技術を導入した場合がほとんどで、日本が自ら新しい技術を開発したわけではなかったからです。『新しい技術を自ら開発して古い技術に囚われている先発国を追い抜いた』というよりは、『先発国で開発された技術を導入して、先発国に追いついた』という面が強かったのです。

 後発国は、新技術の発明と開発に必要な多大のコストを負担することなしに新しい技術を用いることができます。したがって、先進国より簡単に経済成長を実現することができるのです。明治維新後の日本の工業化が急速だったのは、それがキャッチアップ過程だったからです。ただし、イギリスと違って、第1次産業革命を基礎とした産業や社会体制が確立していなかったのは事実です。したがって、イギリスにおけるように古い技術と社会構造が、新しい技術の導入の妨げになることはありませんでした。その意味では、リープフロッグ的な要素があったということもできます」。

 

 韓国・台湾・中国・ベトナム・インドなどが、資本システムのグローバル化に乗って、「キャッチアップ」あるいは「リープフロッグ」する中、日本は模倣を超えて「創造」に踏み出すことができないでいる。国家戦略らしきもの(例えば、「2020年骨太の方針」)は、神棚に祀られた「官僚の作文」にされている。それは、日本のエリートたちがアイデンティティを見失い、危機意識が不在だからである。