断章111

 「真の懸念は、中国の秘密主義にある。今に始まったことではない」(ローリー・ギャレット)。

  

 「中国で多発している新型コロナウイルスによる肺炎の患者数は300人を超え、ヒトからヒトへの感染が確認されたことで、帰省や旅行などで大勢の人が移動する1月24日からの春節旧正月)連休中に、感染の拡大が避けられない見通しだ。ネット旅行代理店中国最大手・携程(シートリップ)がまとめた春節の海外旅行先ランキングでは日本が第1位だった。

 中国国家衛生健康委員会は21日、新型肺炎の国内患者数が同日午前0時までに291人に達したと発表した。武漢市を含む湖北省で72人増え、同省の累計患者は270人。ほかは北京市5人、上海市2人、広東省14人。同委は22日午前、肺炎対策について初めての記者会見を開く。

 中国国営中央テレビによると、武漢市では新型肺炎で新たに2人が死亡し、死者は計6人となった」(2020/01/21 時事通信・北京)。

 但し、NHKなどの報道によれば、イギリスの大学「インペリアル・カレッジ・ロンドン」の感染症の専門家チームは、武漢とその周辺の人口、それに海外で見つかった患者の数と武漢の国際空港から海外に旅行する人の数などから患者の数を推計しました。それによりますと、今月12日の時点で武漢では新型コロナウイルスによるとみられる患者が1700人以上に上る可能性があると発表した。

 

 「中国で謎の病気が流行して、香港やシンガポール、台湾にパニックが広がり、中国政府の正確な発表を世界中が待っている。1990年代に致死的なインフルエンザが猛威を振るったときも、2003年にSARS重症急性呼吸器症候群)が大流行したときも、昨秋にペスト患者が確認されたときもそうだった。

 昨年12月12日、湖北省武漢で相次いで原因不明の肺炎患者が出た。少なくとも59人が病院で隔離され、現在7人が重篤な状態とされている。

 中国政府は例によって口を閉ざしている。(中略)

 最初の患者が出てから2週間近くたった12月末に、武漢市当局はようやくウイルス性肺炎の集団感染を発表した。1月10日の時点で、武漢で確認された感染者は41人。さらに医療関係者を除く320人が患者と接触したとみられ、経過観察中だ。

 感染拡大の一因は、情報の遅れだ。香港でも少なくとも16人の感染が確認され、シンガポールでは疑いが1人。そして中国政府は、今回の肺炎の詳しい情報をソーシャルメディアに流した人々に、懲役刑をちらつかせている。

 疾病の大流行に対する中国政府の冷酷さと秘密主義は、習近平政権にとって好ましいものでは決してない。正式な科学的調査の最中だとしても、説明責任の欠如や、噂の流布(と彼らが呼ぶもの)に対する厳格な取り締まりは、国際社会の不信感を増大させている。事実を隠蔽しているのではないか、実はもっと大規模な流行ではないのか、と。

 世界のメディアの大半は、『武漢肺炎』を2003年のSARSに重ねている。SARSは中国本土から約30カ国に広まり、8000人以上が感染し774人が死亡。世界中をパニックに陥れた」(2020/01/14 ローリー・ギャレット)のだった。

 

【参考】

 昨年末、来日した「いま最もすぐれた知性」と目され、日本のメディアからもその発言が注目されているニーアル・ファーガソンは、「これから世界が直面するであろう、例えば環境問題や政治、金融問題などグローバルな課題を3つ挙げるとしたら何でしょうか?」と問われて、次のように答えた。

 「人類が直面している危機として、今どきの答えとして挙げるなら気候変動でしょう。しかしこれは最も差し迫った危機というわけではありません。戦争のほうがより危機的だということは歴史が示しています。核戦争は、じわじわと訪れる気候変動より、瞬間的かつ破滅的な結果をもたらします。

 今は、アメリカ対中国という第2次冷戦期の初期段階に入っていると言っていいでしょう。両国が計算を誤れば、冷戦がいとも簡単に武力衝突となる可能性があります。したがって、私はこれを1番の危機として挙げたいと思います。

 2番目に、ちょうど1世紀前の教訓から、変異型インフルエンザ・ウイルスのほうが気候変動よりずっと差し迫った危機だということがわかります。100年前のいわゆるスペイン風邪は、第1次世界大戦よりも多くの死者を出し、人類を壊滅状態に追い込みました。ネットワーク化された世界がその一因です。これは明日にも起こるかもしれません。そして100年前よりはるかに速く広まるでしょう。

 そして3番目が気候変動ですが、2007年からのCO2の排出量の増加は、主に中国が原因です。次がインド。本当に気候変動が怖くて心配なら、どのようにして中国とインドに制約を課すかを考えなくてはなりません」(2020/01/21 東洋経済)。

 

【参考】

 「スペイン風邪は、1918年から1919年にかけ全世界的に流行したインフルエンザの通称。アメリカ疾病予防官吏センターによるインフルエンザ・パンデミック重度指数においては最上位のカテゴリー5に分類される。感染者5億人、死者5,000万~1億人と、爆発的に流行した。

 流行源はアメリカであるが、感染情報の初出がスペインであったため、この名で呼ばれる。当時は第一次世界大戦中で、世界で情報が検閲されていた中でスペインは中立国であり、大戦とは無関係だった。一説によると、この大流行により多くの死者が出、徴兵できる成人男性が減ったため、大戦終結が早まったといわれている」(Wiki

 

【参考】

 「人類の医学史上、最も大きな謎の一つを解明したかもしれないと研究結果が2014年4月28日に発表された。1918年に大流行したスペイン風邪(インフルエンザ)では世界中で5000万人が死亡したが、犠牲者が主に若い健康な成人だったのはなぜなのか、これまで明らかになっていなかった。 

 答えは驚くほどシンプルだ。1889年以降に生まれた人々は、1918年に流行した種類のインフルエンザウイルスを子どもの頃に経験(曝露)していなかったため、免疫を獲得していなかったのだ。一方、それ以前に生まれた人々は、1918年に流行したインフルエンザと似た型のウイルスを経験しており、ある程度の免疫があった(注:例えば、1889年の通称アジア風邪。ロシア風邪とも言った)。(中略)

 なので、(注:研究者は)『史上最悪のインフルエンザのパンデミックで罹患者が最も多かった高齢者は、基本的にほとんどが生き残った』と述べる。一方で、18~29歳の年齢層では大量の死者が出て、罹患者の200人に1人の割合で亡くなっている。

 この発見は、猛威を振るう鳥インフルエンザがヒトへ感染するのではという不安の高まる中、将来のパンデミック予防に役立てられる可能性がある」(2014/05 ナショナルジオグラフィックを要約)。

 

【補】

 「新型コロナウイルスの発生以来、感染の中心地となっている武漢市の発表には常に疑念がもたれてきた。そんななか、いくつかの中国メディアが奮闘している。

 2月23日、武漢市の共産党委員会機関紙『長江日報』は、同日午前中に亡くなった29歳の夏思思医師を賞賛する記事を掲載した。

 記事はその中で、『夏思思医師は、新型コロナウイルス感染症の検査で2月14日に陽性と診断された患者の治療にあたった』と伝えた。この記事は中国共産党の機関紙である『人民日報』のウェブサイトにも転載された。

 ところが、中国国営放送『中国中央テレビ』は、2月15日に武漢市衛生健康委員会が『2月14日には新型コロナウイルスの新たな感染者はいなかった』と発表したことを伝えていた。上記『長江日報』が言及した2月14日の感染者は、武漢衛生当局の発表では存在しないことになっていたのだ。

 経済誌『財新』と武漢市の間でも興味深いやりとりがあった。2月20日、『財新』は『11人の高齢者が高齢者福祉施設で死亡』と報じた。

 すると翌日、武漢市はSNSウェイボーの公式アカウントでこれを否定し、『12人が感染、1人が死亡』しただけだと訂正した。そして、『伝染病流行時に流言を拡散すること』は『7年の禁固刑』にあたると警告を発した。

 だが、『財新』は言われるままにはしておかなかった。武漢市による訂正の翌日、同紙の曹文姣記者が、年齢、死因、死亡日を含む同施設の死亡者リストを公開したのだ。

『2019年12月と2020年2月の間に、武漢華南海鮮市場から数100メートルに位置する高齢者福祉施設で19人が亡くなっている』と『財新』は報じた。その後、武漢市はこの情報を否定していない。

 もうひとつ、感染の初期から続いている大きな論争がある。

 1月11日、中国国営通信『新華社通信』は『1月10日午前0時までに、41人の感染が確認され、うち7人が重症、1人が死亡した』と発表した。

 これを受け、米紙『ニューヨーク・タイムズ』は同日『中国が新ウイルスによる初の死者を発表した』と報じた。

 だが、その1週間後、北京の日刊紙『新京報』は別の見解を示した。『中国疾病予防管理センターは最新の研究の中で、2019年12月31日以前に15人の死亡と104人の感染があったことを確認している』と同紙は伝えた。

 同紙はまた上記の記事の中で、中国予防医学会によれば『2019年12月半ばから新型コロナウイルスのヒトヒト感染』が起こっていたと指摘している。

 情報統制がおこなわれる中で、いくつかの中国メディアは読者に正確な情報を伝えるべく努力をしているようだ」(2020/02/28 クーリエジャポン)。