断章50

 歴史と世界をみれば、ある時代のある国が平和で豊かなことは、まるで奇跡のようなことと言ってもよい。高度経済成長期もパクス・アメリカーナの時代も、過ぎ去ってしまった(「しずのおだまき 繰り返し むかしを今に なすよしもがな」と謡っても、返らぬものは、返りはしないのである)。

 

 「パクス・アメリカーナとは、『アメリカの平和』という意味であり、超大国アメリカ合衆国の覇権が形成する『平和』である。ローマ帝国の全盛期を指すパクス・ロマーナに由来する。『パクス』は、ローマ神話に登場する平和と秩序の女神である」(

Wiki)。

 

 アメリカと中国の対決は、小康状態であるが、まったく予断を許さないものである。

 アメリカは、中国が一部の分野で先行したのは、“不公正な競争”の結果だとみている。

 2019年4月26日に米外交問題評議会でFBI(連邦捜査局)のクリストファー・レイ長官が行なった講演がある。その一部が抜粋で紹介されている。

 「以前にも増して経済スパイ活動が脅威となっている。そのターゲットは国家インフラ、斬新なアイデアイノベーション、研究開発、先端技術などの国家資産となっている。そして、中国ほど広範かつ執拗にこうした機密情報を盗む脅威をもたらす国は他にはない。それは中国のインテリジェンス組織、国営企業、プライベート企業、大学院生、研究者等、多くのプレーヤーが中国という国家の代わりに働いている。

 FBIは全米56のオフィスで企業犯罪の捜査を担当しているが、犯罪のほとんどが疑いなく中国によるものである。またその企業スパイはあらゆる業界に広がっている。私が話している事例は『正当な競争』とはもちろん言えず、常軌を逸した不当な競争だ。それは法律違反であり、安全な経済活動にとってあきらかな脅威である。そして結局は国家安全保障の問題につながる。

 しかしもっと根源的な問題がある。これらの行動は法律を犯しており、国際競争における公正と誠実の原則を破るものである。第二次世界大戦後に世界で合意されたルールを破るものである。中国は米国の犠牲のもとにいろいろなものを盗んで経済成長の階段を駆け上がろうと決めているに違いない。一つ言っておく。米国はどんなことがあっても彼らのターゲットにはならない。

 中国のアプローチは大変戦略的であり計画性がある。目的を達成するために、彼らは今までにないやり方を取ってきている。それは合法だけではなく非合法なものも使っている。例えば企業への投資や買収を行い、それとともにサイバー攻撃で企業に入り込んだり、サプライチェーンを攻撃したりする。中国政府は大変長期的な視点を持っている。とても計算高く、狙い撃ちをし、忍耐強く、そして執拗。彼らはテクノロジーを使って目的を達成する。

 そのテクノロジーというのは5Gの様な通信技術、AI、機械学習、仮想通貨、無人飛行機など。・・・赤信号があちこちで点灯している。こういった状況を私は数十年続く脅威と呼んでいる。それはこの国の在り方を決め、また我々を取り巻く世界も変わってくる。今後10年、20年、50年後我々がどのようになっているか、それはこういった脅威に如何に対処していくかによって決まっていく」(紹介訳出・石原 順)。

 

 中国も今のままで行くしかない。

 天津社会科学院の名誉院長、王 輝は、古谷 浩一との対談で、「Q:これから中国政治はどこへ向かうのでしょう。A:中国は今、左(共産主義)に進むこともできず、かといって右に行くこともできない。右とは米国式の民主政治の道です。このまま進んでいかなければ、生き残ることはできません。 Q:民主化には進めませんか?A:進めば、中国は四分五裂の道をたどるでしょう。これは怖いことです。米国は望んでいるかもしれないが、中国がソ連のように崩壊したら、経済も大混乱に陥るでしょう。かわいそうなのは庶民たちです。金持ちたちはみな、国外に逃げるのだろうけど…。 Q:では、共産主義の道は?A:すでに既得権益を持つ階級も生まれているから、右にも左にも行けない。中国には今、どれだけの大金持ちがいると思いますか。彼らから再び財産を奪ったら、大混乱になります。ただただ、今のままでやっていく。これしか道はありません」と答えている。

 後退することは、人民解放軍が許すまい。

 

 「民主的でない体制が戦いを有利に進め、民主的な体制が関税などの経済的手段で不公平な競争環境を是正できないと判断した場合、軍事を含む非経済的な手段を使う政治決断が下されるリスクが全くないわけではないだろう。今回の米国の軟化が経済界や農業州に配慮した結果だったとすれば、今後、その反動が対中政策のさらなる強硬化という形で出てくるか注意深く見守っていかねばならない」(2019/7/5 日本経済新聞・呉 軍華)。