断章33

 なかなか攻めた書名である。『貧者を喰らう国』(中国格差社会からの警告)という。

 帯のキャッチコピーも刺激的で、「第一章、エイズ村の慟哭・・拝金主義の売血ビジネスが招いた悲劇。第二章、荒廃する農村・・利己主義と猜疑心が支配する農村共同体。第三章、漂泊する農民工・・差別と閉塞感に苦しむ若い農民工たち。第四章、社会主義市場経済の罠・・信頼とルールなき弱肉強食社会。第五章、歪んだ学歴競争・・「点数は金で買え」過熱する受験戦争。第六章、ネット民主主義の行方・・激化するネット世論言論弾圧。第七章、公共圏は作れるのか・・ポピュリズム反日思想の臨界点」とある。著者は、阿古智子・東大准教授である。

 

 この5月、彼女を含む日本の研究者やジャーナリストら計70人は、「中国の習近平指導部に異論を唱えた中国の改革派学者が所属先の清華大学から停職処分を受けたことに対して、処分撤回を求める声明を連名で大学側に送った。呼びかけ人の鈴木賢・明大教授と阿古智子・東大准教授が21日、会見した。鈴木氏は『放置すれば他大学にも広がる懸念がある。弾圧を止めるために日本からも声をあげることが重要だ』と語った」(朝日新聞)。

 

 2015年7月には、中国・人権派弁護士の一斉連行に対して、抗議声明を出している。

 「7月9日から16日の間に、連行または拘束された弁護士やその関係者は200人以上に上ります。そのうち、大半は釈放されましたが、約20人が拘留されているか、音信不通の状態となっています。

 7月11日、国営通信新華社は、北京市の“鋒鋭弁護士事務所”を『騒ぎを起こし、秩序を混乱させる重大犯罪グループ』と非難し、同事務所の主任・周世鋒弁護士や“中国で最も勇敢な女性弁護士”と称される王宇弁護士など、同事務所の4人の弁護士、王弁護士の夫を容疑者として刑事拘留したと伝えています。(中略)

 このような中国当局のやり方は到底、受け入れられるものではありません。まず、こうした活動が違法であるかどうかは、検察や裁判所が判断することです。それにもかかわらず、関係当局の公式発表を前に、国営通信社や党の機関紙が、刑事拘留の背景を事細かに報じました。さらに、報道の数日前に拘束されたばかりで、正式に逮捕も起訴もされていない弁護士らを“容疑者”や“犯罪者”として、国営の中央テレビ(CCTV)が断罪しています。これでは、CCTVは“中央テレビ最高裁判所”と揶揄(ヤユ)されても仕方がないでしょう。

 官製メディアが、容疑の詳細が明らかにされる前に、あたかも犯罪事実が確定したかのように先んじて報道する姿勢は、中国に法の支配が根付いていないことを公然と証明したのも同然です。(中略)

 一斉連行の前の7月1日には、国家分裂、政権転覆扇動、海外勢力の浸透などに対する懲罰を定めた国家安全法が施行されました。中国は人権弾圧や言論統制をますます強化しているという、国内外から上がっている批判に対し、中国政府は十分な説明責任を果たすべきです」。

 

 危険な匂いがする。ギリシア神話の“ミダース王”の話を思い出すからである。

 「ミダース王(プリュギアの都市ペシヌスの王)は、触ったもの全てを黄金に変える能力で広く知られている」(Wiki

 

 ふつうの学者・研究者は、事柄の実体験・実感が無いから、「前衛党」のメンタリティを理解することができない。彼らは、批判者たちに対する自称「前衛党」の怒りと憎しみを理解できない(但し、教義は違うけれども、理解の助けになる集団がある。オウム真理教である)。

 いわんや、破滅寸前の危機から銃口で権力を勝ち取った中国共産党である。今や、かつての皇帝や貴族たち以上の権力と富を握っているノーメンクラトゥーラ・紅い貴族たちが、その権力を失うことへの恐怖心(吊るされたルーマニアチャウシェスクの最後がトラウマである)は、さらに理解の外であろう。

 中国共産党が干犯することを決して許さないことは、軍統帥権言論統制の二つである。

 時には言論統制の“手綱(タヅナ)を緩める”ことはあっても、言論統制の“手綱を手放す”ことは掘っても無いのである。なぜなら、彼らの支配もゲッペルスと同じ“大きなウソ”の上に成立しているので、ウソがばれることにつながる“言論の自由”は断じて許せないのである。

 

 中国共産党は、いま必要だと思えば一瞬の躊躇もしないだろう(勝手に“思い込む”癖もある)。

 海外の支援者・知人に連絡する中国人は外国勢力との内通者と疑い、中国国内の改革派・人権派に連絡したり応援する外国人はスパイ工作者とみなされて、中国“公安”の特別な監視下に置かれ、突然、逮捕されるだろう。

 

 危険な匂いがプンプンする。

 阿古智子たちが触れば、すべてが金に変わってしまうのではないか?

 彼女たちが接触した者すべてが、そして彼女たち自身が、中国共産党から“スパイ”・“敵”とみなされるのではないか?

 中国共産党の政治とは、「奴は敵だ。奴を殺せ」という政治だからである。

 

 【補】

 「中国で2015年7月9日、人権派の弁護士らが一斉に拘束された“709事件”で国家政権転覆罪に問われ、1月末に懲役4年6カ月の実刑判決を受けた王全璋弁護士(43)と家族が28日、服役先の山東省臨沂の刑務所で、ほぼ4年ぶりに面会を果たした。

 妻の李文足さん(34)と6歳の息子らが30分ほど面会。李さんは朝日新聞の取材に『明らかにやせて顔や手が黒ずみ、老けていた。喜んだ表情も見せず、まるで別人、ロボットのようだった』と話し、夫の精神状態を心配した。昼に何を食べたか聞いても覚えていないほど、記憶力も衰えていた。王氏は『よい待遇を受けているので、当局に抗議をしないように。しばらく面会にも来るな』などと語ったという。

 王氏は事件で当初に拘束された弁護士らの中で1人だけ、家族や家族が依頼した弁護人と面会できない異常な状態が4年近く続き、当局による虐待などが疑われていた。他の弁護士については国営メディアが裁判で映像や写真を報じたが、王氏は判決時もホームページで結論が公表されただけだった。李さんが5月に面会を求めた際にも、刑務所側は『面会室の修繕』を理由に拒絶していた。

 王氏は、中国共産党邪教とする気功集団”法輪功”メンバーの弁護や土地を奪われた農民の支援をしてきたことで知られる」(2019/6/29 朝日新聞)。